昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

現代版「タコツボ型社会」に警鐘を鳴らす1冊

『サイロ・エフェクト 高度専門化社会の罠』 (ジリアン・テット 著/土方奈美 訳)――鼎談書評

source : 文藝春秋 2016年5月号

genre : エンタメ, 読書

 

片山 「サイロ・エフェクト」で理解できなくても、「タコツボ」と言われてピンとくる人は多いはず。本書が提唱するのは、丸山真男が著書『日本の思想』(1961年)で提唱した「タコツボ型社会」という概念の現代版です。

 縦割り型の組織がそれぞれ仲間集団をつくり、相互間の意志疎通を困難にさせる。著者は、近年の事例から、「サイロ(タコツボ)」による失敗、また、サイロを脱して成功した例を拾い上げていきます。ニューヨーク支庁の多すぎる部署、ソニーの2つの開発部門、拡大したスイスの銀行UBS……。副題に「高度専門化社会の罠」とあるように、各分野での知識の高度化に伴う情報の非共有化に警鐘を鳴らしています。

増田 私は岩手県知事を12年間務めましたが、枝分かれした部署によって引き起こされる行政組織の硬直化は大きな課題でした。大部屋にする、共有スペースで打ち合わせをする、幅広いメンバーを集めた食事会で絆を深める……タコツボ化の弊害をなくすため、私に限らず、巨大な組織の長は、本書で紹介されているような対策を立ててきました。

 本書では、近年の例としてアメリカのSNSサイトを運営するフェイスブック社で実施されている屋外の広場でのミーティングが取り上げられていました。日常から離れた場所で打ち合わせを行う「オフサイトミーティング」も、古今東西変わらず必要とされているのですね。

山内 本書のミソは、邦題を「タコツボ」とせず、「サイロ・エフェクト」としたこと。一瞬、「これは何だろう?」と思わせる効果的なタイトルです。また、著者のフィナンシャル・タイムズ紙アメリカ版編集長、テット氏の顔写真を全面に使った帯もインパクトがあって書店では目を引きますね。内容には関係ないですけれども(笑)。

片山 本書の白眉は第四章。〈サイロが生まれるのは組織の中だけとはかぎらない〉として、リーマンショックに端を発した2008年の金融危機に経済学者たちが対応できなかった事例を紹介しています。

 あのとき、従来の理屈では説明不能な経済指標の数値が少し前から次々と現れていた。ところが、過度に専門化して視野の狭くなった学問は、既存の枠組みにはまらない数字を専門外として無視してしまう。破局の徴候はあったのに気づけなかった。そこを補えるのは、専門的知識も有するうえに、現場に近く敏感で柔軟なジャーナリストやエコノミストしかいないだろう。著者の論はなかなか説得的です。

増田 銀行ではない民間企業が行う金融仲介業務は実体経済の世界からは無視されてきた。しかし、大手債券ファンドに勤める異端のアセットマネージャー、マカリーが「シャドーバンキング」と名前を付けた。すると経済学者たちまで挙(こぞ)ってその言葉を使い始めた、というエピソードは面白いですね。サイロに入った学者たちが見えなかった領域に外部から光を当てた好例だと思います。

山内 著者は様々なケースで「どうすればサイロ化を防げるか」という将来展望を示しています。しかし、そう簡単にいかないのが現実の世界。不正会計が露見して一気に窮地に陥った名門企業もある。人間がやることですから、何が起こるか分かりません。サイロ・エフェクトの対策も含め、組織をどう軌道に乗せていくか。トップに求められているのは、サイロの割拠を否定し全体を俯瞰できる能力なのだと思います。