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いつもがむしゃら、いつもギラギラ 矢野謙次38歳に贈る言葉

文春野球コラム ペナントレース2018

2018/10/03

【えのきど いちろうからの推薦文】文春野球コラムペナントレース2018の優勝のかかる大一番です。日ハムチームは「青空百景」選手をDH解除し、レギュラー昇格とします。彼女の書くコラムは人気が高くて、一本釣りした僕がたじたじです。こう、書誌学派っていうんですかね、野球文献をしっかり押さえる芸風です。探偵でいえば安楽椅子型かなぁ。今回は真心のこもったヤノケンさんへの惜別の辞になっています。いい原稿です。では、送り出します。打て打て、あーおぞら!(打て打て、あーおぞら!) 今がチャンスだ、あーおぞら!!

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 矢野謙次という選手のことを、最初からよく知っていた訳ではありません。

 毎日ファイターズの試合の中継を観て、終わった時にまだやっている試合があったらそっちも観る。そんな時の優先順位は断然セ・リーグよりもパ・リーグです。だってそりゃあペナントレースを戦うファイターズのライバルですもの。そして毎日そうやって観ていれば、選手にもチームにも親しみがわいてくる訳で、すると尚更パの試合の方を観たくなる訳で……かくしてどんどんセの試合はあと回しの扱いになり、たまにしか観ないので思い入れのある選手というものはなかなかできにくくなってしまいます。

 顔と名前は知っている、ポジションも判ってる、今年は活躍してるよねこの人、という「知識」はあっても「愛着」は薄い。パ・リーグの試合を観ていて、マッチさんってほんとかわいげのある選手だよなあとか涌井君はいつも飄々としているなあとか思うのとは明らかに違っているのです。

G党を驚愕し落胆させたトレード

 なので、3年前の6月、トレードの記事を最初に見たときも、まず考えたのはファイターズから出る矢貫俊之のことばかりでした。そうかージャイアンツに行くのか、じゃあ髭は駄目なんだなあ、なんてなことをつらつらと。ファイターズにやって来る彼について持っていた印象は「死亡遊戯さんの好きな選手のひとり」程度だったかと思います。

(死亡遊戯さん、とだけ言うと何ともおかしな具合に聞こえますが、今これをお読みの皆様は勿論お判りですよね。文春野球コラムペナントレースの山賊打線・中溝康隆さん。当時はちょうどブログ「プロ野球死亡遊戯」の最初の単行本が出る直前でした)

 しかし、その死亡遊戯さんのツイートを見て、あ、と思ったのです。なんじゃこりゃあああっ! と叫んでいる。泣いている。その驚愕と落胆の有り様に、初めて「あ、そうなんだ」と腑に落ちた感覚がありました。

 そういう選手なんだ。彼のためにはその方がいいとか何とか、そんな理屈以前に、ただもういなくなることが悲しい。「うちの子」ではなくなることが寂しい。不意打ちのショックに言葉も出ない。ジャイアンツファンをそんな気持ちにさせる選手を、ファイターズは貰ってしまうんだ。

2015年6月にトレードで巨人から移籍してきた矢野謙次

ファイターズはなぜ30代半ばの選手を欲しがったのか

 この翌年には今度は大田泰示も貰ってしまう訳で、2008年の二岡智宏といい、こんな風にG党の心をかき乱すようなトレードばっかりファイターズはやたらとしている気がするのですが、それにしても、そんなにまで親しまれ愛されていた選手だということは、逆に言えばそれほど長くジャイアンツにいたということで、既にベテランの域、若くはない。ファイターズといえば、西川遥輝が23歳にして大真面目に「僕も若い頃は」と言ったことさえあるのです。いや君23歳はまだ普通に充分若いから! そんなチームが30代半ばの選手をわざわざ欲しがったのは一体どうしてだったのか。

 その答えは、彼がファイターズのユニフォームを着て試合に出始めるとすぐに判りました。全身から発散している生気。勢い。溢れんばかりの気迫。もう若くはない彼には、しかし過剰なまでの「若々しさ」がありました。ひと回りも年下の後輩達の誰よりも生々しく。

《がむしゃらで不細工でキラキラじゃなくて、いつもギラギラしている。その巨人の選手らしくないギラついた雰囲気が、なおさらファンの心に響く》 (※1)

 2012年、死亡遊戯さんはこんな風に彼を評しています。

《ジャイアンツ球場で泥にまみれ、今度こそはと思ったら度重なる故障に襲われ逆戻り。ライバルはいつも大物FA選手か助っ人外国人。それでも腐らずこんちきしょうと代打で出てきてフルスイング。プレーからもその悔しい気持ちはビンビンに伝わってくる。なんで俺をレギュラーで使わないんだよと。彼は野球の技術だけではなく、己の燃えるような感情をファンに見せていたわけだ》

 がむしゃらでギラギラしている、燃えるような感情をファンに見せる選手。彼が来るまで、その時のファイターズにそういう選手はあまり見当たらなかったと思うのです。といっても無論、燃えるような感情がないというのではありません。ただ、それを表に出すことがない。或いは、表に出す出し方が判らない。いや勿論、必ずしも全ての選手がそうしなければならないというものではないのですけれども、だけど発散した方がいいという場合もきっとあります。