昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

詳細な分析とデータで大国を解き明かす

『軍事大国ロシア 新たな世界戦略と行動原理』 (小泉悠 著)――鼎談書評

source : 文藝春秋 2016年7月号

genre : エンタメ, 読書

 

山内 この本はタイトルにあるように、ロシアを「軍事大国」と定義し、軍事国家になる歴史的背景やプーチン政権下での軍制改革、現在直面する中国やシリアとの深刻な関係までたいへん詳細に分析した1冊です。私は4月末に中国やシリア、イランなど17カ国から国防大臣が出席してモスクワで行なわれた第5回国際安全保障会議に出席し、改めてロシアの軍事について考える機会を得たこともあり興味深く読みました。

片山 著者は「軍事オタク」ですが(笑)、だからこそ今の等身大のロシアをよく描けていると思いました。ソ連時代のように世界の覇権を握ろうとしているわけではない。ただ国の安全を守りたい。「絶対国防圏」というか「生命線」というか、譲れない線をキープしようと懸命になっている。そういう普通の国としてのロシア。でも国境線がとてつもなく長くて、普通に守ろうとすると自動的に軍事大国にならざるをえないロシア。しかし多くの日本人は、どうしてもソ連時代のイメージでいまだにロシアを眺めているのではないですか。そこを修正してくれる大作ですね。

井上 時折、武器や組織の名前が列挙されて挫折しそうになりましたが(笑)、日本人なら母の日に贈るカーネーションが、ロシアでは従軍経験者に贈られるなんていうエピソードも混じっていて、飽きさせない工夫がありました。ロシアの文化は、軍と切り離せないのでしょう。

ロシアの本性は過剰防衛的

山内 ロシアが軍事大国になるのは「宿命」で、そこには3つの理由があると指摘されています。一つは侵略され続けてきた過去の歴史があるため、潜在的な恐怖感が消えないこと。侵略国家の印象が強いロシアですが、古くは東からモンゴル、西からポーランドやスウェーデンに攻められ、19世紀にはナポレオン、20世紀半ばにはナチス・ドイツにも侵攻されています。

片山 ロシアの本性は侵略的ではなく過剰防衛的なんですね。13世紀にモンゴルに侵略された「タタールのくびき」が、防衛線を先へ先へと進めておかないと、必ずやられるという強迫観念を作り出した決定的体験だったのでしょう。この前のクリミア併合も、NATOの東方拡大に脅威を感じていたロシアにとっては、本能的な自然な行動に過ぎない。本書でも強調される視点ですね。

山内 サンクトペテルブルクの建設などロシアの近代化を進めたピョートル大帝が、徴兵制をはじめとする西欧の軍事的制度を取り入れたことが第2の理由です。これによって、ロシア社会と軍とは不可分な関係になりました。そして3つ目として、ソ連崩壊後のロシアにとって、軍事や戦争の記憶が重要なアイデンティティになっていると指摘されています。この指摘はすべて正しい。

 ロシアでは第二次世界大戦の勝利は特別な史実で、毎年モスクワの目抜き通りを封鎖して大々的なパレードが行われます。ちょうど私の滞在中に予行演習があったのですが、すごい迫力でした。ロシア国民にとって、自分たちこそが「世界をナチスの征服から救い、平和と秩序の安定回復に貢献した最大の国家」。満州やヨーロッパなど侵攻先でのロシア軍の強姦や残虐行為は反省もしない。この信念は揺らぐことなく受け継がれ、教科書でも再生産され続けています。ここが日本人にはなかなか理解できない。

片山 そういう軍事国家としての長い歴史の中でも、「プーチンのロシア」はまた特異ですよね。

山内 プーチン自身がKGBの出身であり、この政権は軍人やその他の準軍事組織、つまり諜報機関の出身者で成り立っています。「シロヴィキ」と呼ばれる彼らがプーチン政権下で大きな影響力を持ち、政府が軍をコントロールしきれていないという筆者の指摘も見逃せません。

井上 となると、2007年に民間、それも家具屋の社長から国防相に就任、軍内部の反対派を一掃しながら人員削減など改革を進めていたセルジュコフが、愛人問題で足をとられて失脚したのも、軍にはめられたのではないかと想像をふくらませてしまいます。

山内 確かに、国内版ハニートラップかもしれませんよ(笑)。

はてなブックマークに追加