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認知症の人が徘徊には、理由がある

――『強父論』『看る力』など、介護についてのエッセイや対談はすでに出版されていますが、小説ならではの試みはありましたか。

『ことことこーこ』

阿川 母親の視点を入れたことでしょうか。認知症を悲しいだけのことだと捉えるのではなくて、実は別の深い世界が見えているかもしれないと考えてみました。

――難しくはなかったですか。

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阿川 もちろんまったくの想像ですけど、登場人物になりきれたときはむしろ筆が乗りました。以前、認知症の人が徘徊をするのにはちゃんと理由がある、たとえば、昔の家に帰ろうとしたり夕飯の買い物に行こうとしたり、本人の中には理由があるんだって聞いたとき納得して、面白いなって思ったんです。

――エッセイは個別のケースですが、小説だとより普遍的な話になるので、共感しやすくなりますね。

阿川 私は自分の母親を見て、自分の見聞きした経験をもとに書いているけれど、読者がまったく別の世界でこの物語を受け止めてくれたら、成功なんだと思います。作者の意図とは違うところに広がっていく小説ができたらいいですよね。意識してできることではなくて、結果的に一人の読者だけでも印象に残してくれたら、十分幸せ。ま、売れてくれればもっといいけど。逆に、こう書いたら誰かのためになるだろう、という作為を意識したときに小説は死ぬと思っています。

――死にますか。

阿川 今、演技の仕事をちょっとだけさせてもらっているけれど、できてないって感じるのは、意識しちゃっているとき。声の高さとか色々考えてはみるけれど、役に入り込んで夢中になっていないとヘタな計算は透けて見えてしまう。そこは小説も一緒で、登場人物の気持ちに乗っかるのが一番大事だと思います。キャラクターに憑依して、こういう気分って楽しいかな、悲しいかな、笑えるかな、っていうのを一つずつ積み重ねるしかないですね。

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