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アラブの混迷は、スパイが暗躍したこの時代に始まった

『ロレンスがいたアラビア(上)(下)』 (スコット・アンダーソン 著/山村宜子 訳)――鼎談書評

source : 文藝春秋 2016年12月号

genre : エンタメ, 読書

 

山内 ロレンスと聞けば、我々の世代はすぐにデヴィッド・リーン監督の名作『アラビアのロレンス』が頭に浮かびます。この本はロレンスと同時代に活躍した各国のスパイにも触れ、当時のアラブの様相を描きながらロレンスの歩みを追った1冊です。先日、将来を嘱望されている若い政治家と話をしていたところ、たまたまロレンスの名が出て来ました。「最期はどうなったんですか」と聞かれましたが、若い世代には馴染みがなくなってきたのでしょう。

中村 えっ、私なんて、アラビアといえばロレンスしか知りませんよ(笑)。主演のピーター・オトゥールのかっこよかったこと。この本に載っているロレンスの写真も素敵でした。実際には背が低かったのですね。他のスパイたちの暗躍などもまったく知らなかったので、たいへんおもしろく読みました。

山内 第一次世界大戦が始まった1914年、オックスフォード大学を出た考古学者のロレンスは素人ながら職業軍人となり、イギリスのスパイとして調査研究の名目でオスマン帝国支配下のアラブ地域に乗り込みます。そこで「大アラビア構想」を持つ独立運動の指導者フサインの息子ファイサルに接触し、トルコ人に対する共闘を進めるのです。

片山 列強が勢力圏拡大を競ったこの時代、「敵地」に足を踏み入れる大義名分は考古学調査でした。オスマン帝国との関係が悪化していたイギリスは、英独戦争が起きたときオスマン帝国がドイツ側についてイギリスの保護するエジプトを攻撃してくることを想定し、オスマン帝国の地理を把握しておきたかった。第二次世界大戦前夜には日本の考古学・民族学の学術調査隊もアジアを駆け巡りました。京大系が有名です。「大東亜共栄圏建設」のための情報収集ですよ。考古学には帝国主義の道具という側面がある。ロレンスに限らずこの時代のアラブに「学者スパイ」が入り乱れるのは当然でした。

チャーチルも認めた文才

山内 日本語タイトルもうまい。原題は「Lawrence in Arabia」。映画のタイトル「Lawrence of Arabia」からinとofだけを入れ替えたニュアンスを、「ロレンス『がいた』アラビア」と上手に日本語にしている。「アラビアにいたロレンス」なんて訳していたら艶消しだ(笑)。

 学者の視点に立つと参考資料が英語文献に偏りやや物足りませんが、ジャーナリストの著書としてはひじょうにレベルが高い。ロレンスの著書で映画の原作でもある『知恵の七柱』とは異なる解釈もあり、興味深く読みました。たとえばロレンスがヨルダンからエルサレム、そしてダマスカスと迫っていく過程でシリアの都市ダラアに潜伏し、トルコの行政官に接触する場面。『知恵の七柱』では、ロレンスは筆舌に尽くしがたい拷問を受けたうえに慰みものにされるものの強靭な肉体でそれを撥ね除けたことになっている。ところが著者はロレンスが拷問に屈して自らの意志として男色を受け入れ、それを境に人格が変わっていったと想像しています。なるほど、と思わざるを得ない。なにしろロレンスはチャーチルも認めたほどの文才の持ち主で、『知恵の七柱』に出てくる冒険譚は、ほぼフィクションと言っていい(笑)。