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連載桜庭一樹のシネマ桜吹雪

『世界で一番ゴッホを描いた男』――桜庭一樹のシネマ桜吹雪

ゴッホとヘミングウェイ

2018/10/07

 先日パリに行って、作家ヘミングウェイの行きつけだったモンパルナスのカフェに入り、「ム、ムシュー、ウェア イズ ヘミングウェイテーブル?」と聞いて、教えてもらい、あぁ、あの席でヘミングウェイがバーボンを飲んでたんだぁと眺めていたら、ポロポロ涙が流れて、そんな自分にびっくり、ということがあった。「別にそこまでヘミングウェイ好きじゃないのに、どうしてこんなに感動してるの!? ウー!」

 さ、さて。この作品は、中国に暮らす名画の複製画家たちの生活に迫る、美術ドキュメンタリー映画だ。

 深圳(シンセン)市大芬(ダーフェン)は、世界最大の複製画制作の街。趙(チャオ)さんはその街の工房に籠り、もう二十年もゴッホの複製画を描き続けている。でも、一度も、本物の絵を見たことがない……。そこでお金を貯め、オランダのゴッホ美術館に行くことに。

© Century Image Media (China)

 美術館で本物を目の前にし、写真で見ていたものとは全く違うと気づいたり。自分の複製画が、立派な画廊じゃなく、屋台の土産物屋で売られていることを知って悲しんだり。

 それから趙さんは、パリにも足を伸ばした。ゴッホの歩いた道を辿り、絵にしたカフェにも行った。酩酊し、夜の中で、「俺はゴッホだ。いまから『夜のカフェテラス』を描くところだ。でも描き終わったら中国に戻らなきゃいけないから……」と、ゴッホと同化していく姿に、わたしは鳥肌が立った。

 真の芸術家は、けっして死ぬことがなくて、美術館にやってくる人の数だけゴッホが、読者の数だけヘミングウェイがいて、あるときふと、我々、夢見る者の隣に立つんだと思った。まるで神の顕現みたいに。

 やがて趙さんの旅は終わった。中国に戻り、いつもの工房に籠った彼が、猛然と描き始めた“新しい絵”とは!?

 観ながら、わたしも趙さんと同化しちゃって、「わたし、自分で思ってるよりヘミングウェイのこと好きだな……」と思いました(汗)。

INFORMATION

『世界で一番ゴッホを描いた男』
10月20日(土)より新宿シネマカリテ /伏見ミリオン座ほか、全国順次ロードショー
http://chinas-van-goghs-movie.jp/