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佐久間 文子
2016/02/23

【著者は語る】和本の世界の個性豊かな傑物たち

『師恩 忘れ得ぬ江戸文芸研究者』 (中野三敏 著)

source : 文藝春秋 2016年3月号

genre : エンタメ, 読書

江戸文芸の研究者が、若いころに影響を受けた思い出深い人々の肖像を描く。

 西日本新聞連載時のタイトルは「余語雑抄」。江戸の書物にゆかりの言葉かと思って尋ねると、「博多弁の『よござっしょう』なんです」と笑う。

 描かれているのは、知る人ぞ知る、知らない人は知らない人がほとんど。とはいうもの、天理教の二代目真柱(しんばしら)中山正善の、古書収集における終生のライバルであった横山重(しげる)、江戸風俗研究の花咲一男。和本の世界では名の通った、いずれ劣らぬ個性豊かな傑物ぞろいだ。

「私自身、『近世新畸人伝』など江戸の文人伝を書いてきましたし、自分のなかに、奇人に引き寄せられるところがあるんだと思います」

 一人の研究者が、これほど幅広く、市井の人も含めて学恩を得るというのも珍しいことだと思う。

「きっかけは九州大の中村幸彦先生です。ぼくの知る限り最もえらい先生で、 この先生の口利きで、いろんなかたの面識を得ました。仕事の関係で名古屋に住んだことも大きいですね。名古屋というのは全国から古書が集まるので、本好きが最終的に目指すところでして、名古屋時代に尾崎久弥さん、長沢規矩也(きくや)先生といったすごい方とお近づきになれたのはありがたいことでした」

中野三敏氏

「書痴」と言われるほど古書にのめりこみながら、これと見込んだ若い研究者には、心血を注いで集めた貴重書を惜しみなく貸し与える清々しさも描かれる。

「自分の琴線に触れた人、ということで選んでおりますから。いやだった人? まだ生きている人もいるので、除いています(笑)。この分野で先頭を走っていたのは古本屋さんなので、この本の最後はそうしたかたたちへのオマージュになっています」

 森銑三(せんぞう)が中心となった「三古会」のほか、古川柳研究会や掃苔(そうたい)会など、顔を出してきた勉強会での見聞も大きい。

「いろんな集まりで、ぼくはつねに最年少でしたね。江戸を体現しておられるこういう方々にいま話を聞いておかないと雲散霧消してしまうという気持ちがありました。ぼくらの世代は、近代主義に真っ赤に染まって、近代的といえばすばらしいことと同義のように思われる時代でしたが、その風潮に敢然と背を向けて過ごされた方たちばかりです」

 こんな生き方ができた時代もあった。自分を宣伝することがなかった先達の面影を後世に伝える貴重な試みである。

師恩――忘れ得ぬ江戸文芸研究者

中野 三敏(著)

岩波書店
2016年1月27日 発売

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