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赤坂太郎
2016/03/10

解散の地ならしをする「安倍主導」政局

衆院定数削減に補選対策。決断に向けて、総理自ら党の先を走りはじめた

source : 文藝春秋 2016年4月号

genre : ニュース, 政治

カット・所ゆきよし

 経済状況が激変し、スキャンダルが次々に勃発する中、政局の底流では衆参ダブル選挙も視野に、年内衆院解散・総選挙に向けた動きが進んでいた。首相・安倍晋三の戦略、そして野党の対抗策が、2月になっていよいよ姿を現し始めた。

「今度(2015年)の簡易国勢調査で区割りを改定する際、衆院定数の10削減をしっかり盛り込んでいきたい」

 2月19日、国会3階にある衆院第一委員室で開かれた予算委員会。安倍は、民主党の前首相・野田佳彦から「約束を覚えていますか」と問いかけられたのに対し、堂々と言い切った。

 2012年11月、まだ政権を担当していた野田は、安倍との党首討論で、衆院解散の条件として定数削減を「約束」することを挙げていた。それから3年以上が経っても約束は実現していない。その追及を狙った、異例となる首相経験者の登板だった。

 しかし安倍は一枚、上手を行っていた。野田が質問に立つと知った首相官邸サイドは論戦前日の18日、翌日に質問する自民党の前厚生労働相・田村憲久に「定数削減について質問してほしい」と要請。19日午前、安倍は田村に答える形で、定数削減を前倒しして実施する姿勢を示した。冒頭のやりとりは、田村への答弁を補足したに過ぎなくなり、野田の見せ場は消えた。

 そもそも定数削減問題は、安倍が党の先を走ってきた。

「1票の格差」をめぐる訴訟で「違憲状態」とする判断が続いていたが、自民党執行部は「2020年以降に先送り」案を考えていた。

「国会答弁で立っていられなくなる。今まで言ってきたことと齟齬(そご)を来してしまう」。2月8日、国会内の大臣室で安倍は、幹事長・谷垣禎一や選挙制度改革の取りまとめ役である幹事長代行・細田博之らを前に、定数削減に関する党の方針は手ぬるい、と叱責している。国会答弁は強気一辺倒で野党を蹴散らす安倍の「立っていられない」発言。出席者の中の1人は「なぜこの問題では、そこまでこだわるのか」と違和感を感じたほどだった。さらに、安倍は2月9日、谷垣に「先送りはダメだ」と強く指示、「2020年の大規模国勢調査に合わせて実施」が自民党原案となった。

 それから、たった10日で「5年前倒し」となり、「今国会実現」にまで進むことになる。2月20日土曜日、安倍は、ニッポン放送のラジオ番組に出演。長年の知り合いで、第一次内閣で退陣、失意のころも大阪で付き合った辛坊治郎が司会とあってか、安倍は「責任を果たすため、『今国会で』定数10減などをやりたい」と、6月1日が会期末となる通常国会での法改正にまで踏み込んだ。

 ここで「今国会で」とまで、法改正の時期をはっきりさせた意図は明白だ。夏の参院選に合わせたダブル選挙も含め、早期に衆院解散の環境を整えることだ。実際の選挙で定数を削減するのは来年以降になるとしても、メドさえつけておけば、選挙時に「違憲状態」を放置しているという世論の批判はおさまるという見立てだ。

 定数削減を巡る一連の事態では谷垣ら党側だけでなく、官房長官・菅義偉のカゲも薄い。第二次安倍政権が発足以来、政局を動かす問題では必ずといっていいほど菅の姿がみえた。それが今回、見えないのはなぜか。

「俺がいなくなると菅ちゃんの力が強く大きくなり過ぎる。それが心配だ」

 政治とカネの問題で1月末に辞任した前経済再生担当相・甘利明が漏らした言葉だ。

 菅は軽減税率の導入劇では副総理兼財務相・麻生太郎と対立し、麻生が「菅は規(のり)をこえた」と不快感を隠さなかったのは記憶に新しい。第二次内閣が発足してからずっと安倍、麻生、菅、自民党と霞が関の調整役、緩衝材を務めてきた甘利の言葉は本音であり、重い。

 解散権の制約を解く定数削減問題は、これまでの安倍、菅が一体となった首相官邸主導というより「安倍主導」の色彩が濃い。政権中枢のパワーバランスに異変が生じていないか、永田町と霞が関は息を凝らして見つめる。