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その人は突然「築地市場」に現れた――元プロ野球選手・大野雄次さんのこと

文春野球コラム ペナントレース2018

2018/10/14

 下園辰哉、小林公太、大西宏明、那須野巧、岡本直也、橋本太郎、中野渡進、水尾義孝、岩下正明、竹下浩二、河野誉彦、田代富雄、加藤俊夫、長田幸雄……。

 ベイスターズやホエールズに所属した選手で飲食業に携わる(過去形も含め)OBはざっと思いつくだけでもけっこういる。少し前に下園がプロデュースする元町の馬肉料理店や、小林が厨房に立つ二郎インスパイア系ラーメン屋が話題になったし、当コラムを読む人で中野渡進が国分寺駅北口で営んでいた『もつ鍋わたり』を知らない人はいないだろう。

 そして極めつけはオバQ田代が経営していた『田代ラーメン』。湘南・茅ヶ崎の海側じゃない方。住宅と畑が混在する中を突っ切る新湘南バイパスの側道沿いという、超地味な場所にポツンとあったピンクとブルーのボーダー柄の建物と看板。近くの大学に通っていた筆者は偶然原付でその前を通りがかり、これがあの噂の!と向かったがその日は休業日。結局一度も食べられないうちに店を畳んでしまった。入店経験のある友人によると、その派手な外観にもかかわらず中は地味で、大スター田代富雄を思わせる雰囲気は皆無。味も実にまっとうな醤油ラーメンだったという。

移転で話題になった築地市場にも……

 飲食店を営むうえで欠かせないのが卸売市場である。先週あたりのニュースは10月11日に開場した豊洲新市場一色。ワイドショーでも初日からトラブル続出!大渋滞!ターレーが人を轢いた!なんてセンセーショナルに扱っていたが、移転にまつわるあれこれはさておき、慣れないうちはスムーズに動けないのは仕方ないし、頼みの綱の環状2号線が通じてないんだから渋滞も起こるだろう。それにターレーに人が轢かれるのは築地でもたまにあることだった。ピークの時間帯はターレー同士の衝突がそこいら中で起こり、ともに血の気の多い運転手同士、パンパンッと殴り合って何事もなかったかのように仕事に戻る光景は日常茶飯事である。

築地市場のターレー

 筆者は2001年から数年間、築地市場で働いていた。と言っても今回豊洲に移転した東京都の公営卸売市場(通称・場内)ではなく、場外と呼ばれる築地場外市場商店街の食料品店で配達係として雇われていた。そこは大きい瓶入りの調味料や乾物、油など業務用食品を扱っていて、卸売市場で魚類や野菜を仕入れたお客さんがついでにそれらを買っていく。当然、他でも買い物をするから大荷物になる。そこで我々運び屋が、近辺に停まっているお客さんの車まで台車や真っ黒い業務用の自転車で運んであげるわけだ。だから場内も隅々まで歩いて行くし、自転車で運べる範囲なら直接お店まで配達していた。築地最終日に大行列になった吉野家一号店は毎朝のおやつ替わり。周りのおっちゃんの真似をして「つゆだくだく」をキャッシュオンデリバリーで頼み、茶漬けみたいにかっ込んでサッと配達に戻る。これでいっぱしの「築地の人」になったつもりでいた。

 しかし最初のうちは荷物を運ぶのもひと苦労である。大量の荷物を台車や自転車の荷台にうまく積んで運ぶのだが、まれにバランスを崩して地面に落としてしまう。なかでも一升瓶入りの醤油やお酢、油の一斗缶が最悪で、道に撒きちらしたのを片付けないといけないし、荷物を待つお客さんには迷惑をかける。そして店に戻れば店長に嫌味を言われる。勤務は5時半から昼1時までの7時間半。時給が高く早く終わるのはいいが、特に冬場、真っ暗な朝4時に起きるのがしんどかった。