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美しく格好良い、懐かしき“都会小説”

『コーヒーにドーナツ盤、黒いニットのタイ。 1960-1973』 (片岡義男 著)――鼎談書評

source : 文藝春秋 2016年6月号

genre : エンタメ, 読書

 

片山 “テディ片岡”こと片岡義男さんは息の長い作家です。1970年代から80年代にかけては、『スローなブギにしてくれ』や『彼のオートバイ、彼女の島』などの作品で都会的な若者文化を担いました。本書は片岡さんが学生、サラリーマン、フリーライターだった60年~73年という期間、ご自身の青春時代を描いた自伝的な連作小説と言えるでしょう。しかも“音楽小説”。一篇一篇がそのとき鳴った音楽と結び付いている。また、東京人である片岡さんによる“都会小説”の側面も強い。例えば、小田急線に乗って下北沢に帰る「僕」と西武新宿線の中井に住む「彼女」。当時の東京の“階層的秩序”などが猛烈に伝わります。

阿刀田 私には今年50歳を迎える息子がいますが、実は片岡さんの大ファン。片岡さんならではの独特のシチュエーションが生む美意識に心酔している。本書でもそのスタイルをとことん貫いておられますね。

 私は、片岡さんより5歳ほど年上なのですが、同じ早稲田大学の出身者として、彼が行ったであろう雀荘や珈琲屋はほとんど見当が付くほど時代を共有しているんです。本書には「あの時代はそうだったなあ」と頷けることやモノがちゃんとピックアップされている。そういう点でも非常に楽しめる1冊です。

山内 片岡さんは1940年のお生まれですから、私よりも7つ年上。自己史を重ねるという意味でも、私は非常に興味深く読みました。ただし、創作としても疑問なのは、「果たしてこんなにカッコイイ早稲田の学生が当時本当にいたのだろうか?」ということ(笑)。シボレーで現れたとか、メカニカル鉛筆で原稿を書くだとか、コーヒーの傍にはいつも美人がいるとか……。どうも、早稲田というよりも慶応じゃあないか、と(笑)。やや偏見かもしれないが、当時の早稲田といったら、縄のれんや『三朝庵』などの蕎麦屋のイメージですが、そういう庶民的な店は出てこないんです。

阿刀田 自分の経験と照らし合わせてみても、早稲田の学生がこんなにいいことはないと思いますよ(笑)。仮に私がこの時代を書いたら、巷によくある「貧乏していた」という話しか書けません。こんなに美しく、色々な音楽が流れて……というものではなかったなあ。基本的に早稲田のイメージは「窓の外には神田川」なんですよ。

片山 68年や69年は都市騒乱時代ですが、“学生闘争的な要素”も一切出てきません。

山内 印象的なのは、67年の章の一節。おそらく新宿の京王プラザと思しきホテルのプールサイドですが、「僕」がジンジャエールを飲んでいると、〈ホテルの人は電話機を僕のテーブルへ持って来た〉、そして、ホテルの人が飲み物の代金については、〈「さきほどのお電話のかたから頂戴することになっております」〉と言う。あまりに格好良すぎるが、ぴたっと決まっている(笑)。