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連載地方は消滅しない

地方は消滅しない――鳥取県倉吉市の場合

架空都市の“住民”が地震被災地を応援する

2016/12/27

source : 文藝春秋 2017年1月号

genre : ニュース, 社会, 経済

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イラストレーション:溝川なつみ

 ドン。いきなり突き上げた。

 ガタガタ、ガタガタガタ。横揺れが激しさを増す。「地震はなかなか収まらず、三十~四十秒ほどにも感じられました」。鳥取県倉吉市役所の観光交流課、垣原将志さん(二十八歳)は振り返る。

 二〇一六年十月二十一日午後二時七分。同県中部を震源とする地震が発生し、倉吉市などで震度六弱を記録した。

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 一九五六年に建てられた同市役所は、建築家の故丹下健三さんらの設計で、国の登録有形文化財になっている。窓には横二・五メートル、縦一・五メートルの大きなガラスがはめ込まれており、これが次々と割れた。垣原さんの目の前でもバーンと音を立てて飛び散った。

 倉吉市役所では、こうして六十枚以上の窓ガラスが割れた。職員が片づけで手を切っただけで済んだのが、奇跡のようだった。

「倉野川市」職員の席もガラスが大破しベニア張りに(倉吉市役所)

 百キログラム以上あるコンクリート製の手すりも破断して転げ落ちたが、庁舎本体は筋交いを入れて耐震補強をしていたので、何とか持った。市役所は今回の地震で被害が最も大きかった建物の一つである。

 鳥取県が発災から一カ月後に開いた災害対策本部でのまとめによると、県全体の重軽傷者は二十一人。損壊家屋は一万三千三百三十五棟にのぼる。ただし、これらは調査が進むごとに変化しており、あくまで発災一カ月後の数字でしかない。

 垣原さんは「イベントは延期せざるを得ないだろうな」と思った。

 地震から約三週間後の二日間、市の中心部で「くらよし紅葉まつり♪」を予定していて、その担当者だったのだ。垣原さん自身も避難所運営のために週に何日かは徹夜をするような状態で、家屋の被害調査にも駆り出されていた。

 だが、「まつり♪」はただの催しではなかった。

 同市は架空都市の「倉野川市」と姉妹都市の締結をしている。冗談のようだが、本気の施策だ。これに関係する事業だけに、「まつり♪」も異例の道筋をたどる。最終的に「倉吉まち応援プロジェクト」としてできる範囲で行うということになっていくのだが、なぜそうなったのか。やや遠回りになるが、事業の成り立ちから説明しなければならない。

「倉野川市」はゲームメーカーが一二年から運営するインターネットサイト「ひなビタ♪」に登場する架空の都市だ。同市の商店街には五人の女子中高生が住んでいる。五人はショッピングセンターに客を奪われて勢いを失った商店街を活性化しようと、バンドを組んで活動を始めた。そうした日々の物語をネット上で展開し、彼女らが作った曲を配信する。ゲームとしても楽しめる。

「倉野川市」が倉吉市をモデルにしているという情報が市役所に寄せられたのは一五年夏だった。描かれた場所が市内と酷似していたほか、地名や歴史も共通していた。市内の出来事もリアルタイムで「倉野川市」の情報として発信されていた。

 これに気づいたファンが「聖地巡礼」と称して倉吉の関係箇所を訪れるようになっていた。

 それだけならマンガやアニメのモデルになった土地への「聖地巡礼」と変わりない。近年、全国各地でブームになっている。

 しかし倉吉市は一四年にフィギュアの工場を誘致して、翌年フィギュア博覧会を催すなど、ポップカルチャーをまちづくりにいかそうと模索していた。「ならば架空都市とも連携しよう」。一六年四月一日、石田耕太郎市長が五人の女の子の人物大パネルと並んで、姉妹都市の調印式をした。エープリルフールの嘘と間違った人もいた。

 倉吉市はまず中心部の商店などに、五人の女の子などの人物大パネルを二十八体置いた。そのうちの一体は「倉野川市」観光課職員のパネルで、市役所に席まで設けた。

 ただ、架空都市と現実世界を交錯させていく試みは、すんなりとは始まらなかった。

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