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連載50年後の「ずばり東京」

樽谷 哲也
2016/10/11

50年後の「ずばり東京」第四回
「ラジオ深夜便」のある生活

東京の夜空の下で毎夜聴いている人がいる

source : 文藝春秋 2016年11月号

genre : ライフ, ライフスタイル

森田美由紀アナウンサー

 前夜は午前四時ごろまで起きていた。小説を読んだり、録画した大河ドラマ「真田丸」を観たりして、短夜(みじかよ)に身体を預けるように過ごした。

 音量を小さくして音楽も聴く。ジャズからオペラ、クラシックまで、音楽は何でも好きだが、このごろ最もよく聴いているのは、キング・クリムゾンの名盤「レッド」である。

 もともと、生活のリズムは夜型に近いが、それは長く第一線で仕事をつづけることによって否応なく身に習慣づいたものであるともいえる。NHK総合テレビの「ニュース7」や「ニュース10」など、夜の報道番組で十五年ほどキャスターを務めた。生放送のテレビで全国にニュースを伝えるという仕事は、心身に極度の緊張とプレッシャーを強いた。アドレナリンが身体中にみなぎったような状態で帰宅すると、それが落ち着くのに長い時間を要した。ジャズを小さな音で聴きながら、イギリスの上質なミステリー小説を読んだり、美術書を眺めたりして、眠りに誘われるのを静かに待った。深夜の二時、三時になるのが毎晩のことで、ときには夜が白み始める日もあった。

 この日の朝は八時に起き、「とと姉ちゃん」を観た。ヨーグルトと果物で軽い朝食をとった。いつもなら、散歩に出たり、運動を兼ねて、あえて遠くの店へ食材の買い物に出かけたりする。どんな花が咲いているか、道行く人たちの服装はどのようなものか、売り場にはどんな果物が並んでいるか、季節の移ろいを眺めることで、その日の夜、目に見えぬ相手に語りかける言葉の手がかりを探すのである。あいにく、この日は雨が降ったりやんだりの愚図ついた天気であったため、外出は控え、掃除や洗濯に勤しんだ。そして、原稿を推敲し、実際に声に出して読み上げてみる。ストップウオッチ片手に、時間を計ってみる。

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