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平松 洋子
2016/02/18

腹の底から元気がでる

『へろへろ 雑誌『ヨレヨレ』と「宅老所よりあい」の人々』『世の中は偶然に満ちている』『圏外編集者』ほか

source : 文藝春秋 2016年3月号

genre : エンタメ, 読書

 

ユルい笑いの裏側に、痛快な反骨精神。ドキュメント『へろへろ 雑誌『ヨレヨレ』と「宅老所よりあい」の人々』が、介護をめぐる状況に大きな風穴を開ける。福岡の「日本一貧乏な運営」状況の施設が奮起、わずか三ヶ月で一億二千万の寄附を集め、森のような土地に木造二階建ての老人介護施設を完成させた。自分たちの居場所をみずから獲得しようとする試みは、地域に介護を戻すための挑戦。著者の絶妙のへろへろヨレヨレ目線が、社会の閉塞状況を暴き、打破する可能性を示す。腹の底から元気が湧いてくる一冊だ。

『世の中は偶然に満ちている』は、赤瀬川原平さんが三十年余にわたって日記に記録していたメモ〈今日の偶然〉をまとめたもの。小さく、あるいは深く心に刺さる偶然の数々。赤瀬川さんは、それらを未知の世界からの信号だと捉えていた。何でもないこと、何でもなく見えることに表現の端緒を見出す方法を赤瀬川さんは教えてくれる。

「編集者という仕事についたのは、ほんとうに偶然だった」。これが、自身の本作りについて語る『圏外編集者』冒頭の一行。そして四十年目、「編集に『術』なんてない」と言い切る都築響一の才覚を、異能という言葉だけで括りたくない。目と耳と嗅覚を駆使して思考し、荒野をゆく都築響一の著書を、私はいつだってシビレながら読んできた。一言一句にひりつく熱を感じる。

『のろい男 俳優・亀岡拓次』が描きだす半呼吸ズレた男の佇まいにもぐっとくる。脇役の俳優仕事と実人生を地続きにしながら、日常と非日常を行き来する亀岡。のろさという高等技術をわがものにする、愛しきツワモノに惚れてしまいます。

 ナチス占領下のデンマーク、ディネセンが端正な筆致で綴った十一の短篇集『冬の物語』。北欧の短く美しい夏、長く厳しい雪に埋もれた冬、大自然の気配とそこに暮らす人々の息遣い。ディネセン生誕百三十年、届けられた物語は、雪の贈り物のような格別の味わいだ。

 台湾語・中国語・日本語、三つの母語を持つ東京在住の台湾人作家が、言葉を手掛かりにして自身のアイデンティティを探る『台湾生まれ 日本語育ち』。「自分は日本人ではない、しかし日本語で生きている」という現実、そして台湾人であり外国人であるという事実は一九八〇年生まれの著者に何をもたらしたのか。先を急がず、ゆっくり言葉を紡ぎ、「無数のわたし」のなかから自己を掘り起こしてゆく姿に共感した。

 オリジナルな手立てを用いて日本に切り込む論考集を三冊、紹介したい。『消費は誘惑する 遊廓・白米・変化朝顔』は十八~十九世紀、日本社会に「消費」というエネルギーをもたらした遊廓・白米・変化朝顔に着目。個人の消費がいかに社会構造に変化を与えていったかを解き明かす社会論だ。変化朝顔の大ブームを後押し、広告役を担った出版産業の発展、家との関係、都市のイメージ化、習俗的禁忌への侵犯……朝顔の流行が、かくも資本主義の発達を促す「想像的土台」を果たしていたとは! 養蚕に民俗学的なアプローチを試みる『蚕 絹糸を吐く虫と日本人』。お蚕様と呼ばれ、経済や文化に多大な影響を及ぼした蚕の存在感を再認識させられた。古代に始まり、労働、家屋の構造、皇室、宗教、民間信仰等々、日本文化の一端は蚕の吐く糸の所産でもあるのだった。NY大学のアメリカ人歴史学者による『ラーメンの語られざる歴史』。ラーメンを日本の国民食と位置づけ、その歴史を俯瞰しながら、文化・政治・経済的存在としての意味と価値を見出す。とくにラーメン好きでなくたって、満足感一杯になります。

 ハンディな『月のこよみ 2016』は日々の友。三百六十六日の月の満ち欠けがわかりやすい暦仕立てで表され、一目瞭然。今年の三月九日は部分日食、十一月十四日はスーパームーン。

01.『へろへろ 雑誌『ヨレヨレ』と「宅老所よりあい」の人々』 鹿子裕文 ナナロク社 1500円+税

へろへろ 雑誌『ヨレヨレ』と「宅老所よりあい」の人々

鹿子 裕文(著)

ナナロク社
2015年12月12日 発売

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02.『世の中は偶然に満ちている』 赤瀬川原平 筑摩書房 2000円+税

世の中は偶然に満ちている (単行本)

赤瀬川 原平(著)

筑摩書房
2015年10月22日 発売

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03.『圏外編集者』 都築響一 朝日出版社 1650円+税

圏外編集者

都築 響一(著)

朝日出版社
2015年12月5日 発売

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04.『のろい男 俳優・亀岡拓次』 戌井昭人 文藝春秋 1350円+税

のろい男 俳優・亀岡拓次

戌井 昭人(著)

文藝春秋
2015年11月14日 発売

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05.『冬の物語』 イサク・ディネセン 横山貞子訳 新潮社 2400円+税

冬の物語

イサク ディネセン(著),横山 貞子(翻訳)

新潮社
2015年12月18日 発売

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06.『台湾生まれ 日本語育ち』 温又柔 白水社 1900円+税

台湾生まれ 日本語育ち

温 又柔(著)

白水社
2015年12月22日 発売

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07.『消費は誘惑する 遊廓・白米・変化朝顔』 貞包英之 青土社 2800円+税

08.『蚕 絹糸を吐く虫と日本人』 畑中章宏 晶文社 1800円+税

蚕: 絹糸を吐く虫と日本人

畑中 章宏(著)

晶文社
2015年12月11日 発売

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09.『ラーメンの語られざる歴史』 ジョージ・ソルト 野下祥子訳 国書刊行会 2200円+税

ラーメンの語られざる歴史

ジョージ ソルト(著),野下 祥子(翻訳)

国書刊行会
2015年9月28日 発売

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10.『月のこよみ 2016』 相馬 充監修 誠文堂新光社 900円+税

月のこよみ 2016: 366日の月の満ち欠けがわかる

相馬 充(監修)

誠文堂新光社
2015年10月2日 発売

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