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アメリカ軍兵士を支えたのはペーパーバックだった

『戦地の図書館 海を越えた一億四千万冊』 (モリー・グプティル・マニング 著/松尾恭子 訳)――鼎談書評

genre : エンタメ, 読書

 

山内 第二次世界大戦中に本がいかに戦争と関わっていたのか、「兵隊文庫」と呼ばれたペーパーバックに焦点を当てて描いた1冊です。困難な戦局の中、兵士の士気と基地生活の質を向上させるために米陸軍が注目したのは書籍でした。その運動は徐々に拡大し、全米から本を集めるだけではなく、「戦時図書審議会」という組織を作って軍独自のペーパーバックを作り、戦地へ送り始めます。

 ヨーロッパはもとより、アジアまで戦線が拡大していくなか、1947年までに、実に1億4000万冊以上が前線に送られたというのですから驚きます。戦争と知性とは一見相反しますが、非文明的な戦争のなかで兵士たちが読書という文明的な営みを行なっていたことに関心を喚起する着眼点がまずおもしろい。兵士たちはときには塹壕のなかで泥まみれになりながら、ときには前線へと向かう船のなかで、軍服の胸ポケットや尻ポケットにぴったり収まるサイズで作られた兵隊文庫を奪い合い、むさぼるように読む。亡くなった兵士の尻ポケットに兵隊文庫がささっていたという描写もありましたよ。

軍隊にある余裕と楽しみ

片山 日本軍では明治初期に出された軍人勅諭の精神が徹底され、自分の意見を持たず上官に従うのがよい兵隊とされました。読書で知識を得て独自の意見を育てるようなことは忌避された。逆に「アメリカ軍兵士が最も苛立ちを覚えるのは、物事の理由を教えてもらえない時である」とあるくらい米軍では心底から納得しないと兵隊が動かない。特に上官には説明能力、そのための教養が常に求められる。読書の必要が組織論的に組み込まれているのですよ。彼我の差を感じました。軍隊なのに余裕と楽しみがある。結局、米国の豊かさと思想的自由のなせるわざで、大日本帝国には真似できなかった。

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山内 戦地の兵士から、地域事情を理解したいから枢軸国の近代史がわかる本を送ってほしいとリクエストが届くというのには驚きましたね(笑)。私がもうひとつ注目したのは、戦争という極限状況の中でも人間が読書を通して娯楽を求める本能を持ち続けていることです。なかでも、普段はコミックばかりで本など読まなかった若い兵士たちが、この兵隊文庫をきっかけに古典や歴史書、伝記などに触れ、読書のおもしろさにとりつかれ、さらには自分の知らない世界へ興味を抱くようになります。

 弁護士が活躍する小説を読んで法曹界を志したり、従軍記者の作品に影響されてジャーナリズムに興味を抱いたりと、兵隊文庫は戦後も復員兵に影響を与えます。このことが戦後の強いアメリカを支えた基盤となった。アメリカの強さは戦力だけではなく、知力にもあったというわけです。

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