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若い人もハマる色街情緒 なぜ私たちは「遊郭」にひかれるのか  

井上章一が『遊郭に泊まる』(関根虎洸 著)を読む

2018/11/02
『遊廓に泊まる』(関根虎洸 著)

 かつての遊廓に興味をいだく若い人が、このごろふえている。今ものこっている旧娼館をたずね歩く人は、少なくない。旅館へ転業したそれらの施設に、わざわざ宿泊する愛好家も、けっこういると聞く。いずれは、絶滅へむかいそうな建物群である。売買春の是非をこえた郷愁が、いだかれだしているのだろう。

 この本は、そんな世相を象徴する一冊である。全国にのこる遊廓施設で、旅館となったところを紹介してくれる。色街情緒にひたりたい人びとへむけた、ガイド・ブックでもある。

 写真も数多く掲載されており、建物の具体的な形までわかるのは、うれしい。それらをながめて思うのだが、どれも大なり小なり数寄屋風にいろどられている。しつらいが媚態をはらみ、そこにおとずれた者へ秋波をおくっていた。その様子が見てとれる。往時は、こういうたたずまいにそそられた男もいたんだろうなと、かみしめる。

 金沢の陽月では、立山杉の天井板がつかわれていた。こういう施設が、ぜいたくにつくられていたことは、素材の選択からも読みとれる。しかし、今の来訪者に、その味わいが了解できるかどうかは、うたがわしい。建築を学んだことがある私でも、実感にねざした鑑賞は困難である。

 建物や調度にかぎったことではない。私たちは、三味線の伴奏をともなう地唄や長唄の魅力に、いたって鈍感である。日本舞踊や日本髪にときめいた男たちとは、まったくちがった時代を生きている。遊廓のかがやいた時代をしのぶのは、むずかしい。まあ、そんな今日だからこそ、遊廓はお勉強もともなうウォッチの対象になるのだが。

 いっぱんに、日本建築は簡素で合理的だと、よく言われる。しかし、この本はそんな日本建築にひねりと奇想の伝統があることを、教えてくれる。大学の建築学では黙殺されやすい素材であり、今回の出版を私は歓迎したい。北京にのこる妓楼などもたのしめた。

せきねここう/1968年埼玉県生まれ。フリーカメラマン。元プロボクサー。2014年、旧満州に残る遊廓跡をたずねたことをきっかけに遊廓建築の撮影を開始。著書に『DOG&GOD』(情報センター出版局)など。

いのうえしょういち/国際日本文化研究センター教授。専門は建築史・意匠論、風俗史。『南蛮幻想』『京都ぎらい』など著書多数。

遊廓に泊まる (とんぼの本)

関根 虎洸(著)

新潮社
2018年7月31日 発売

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