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なんでも食べちゃう2人が語る「ほんとうにスゴい辺境メシ」

なんでも食べちゃう2人が語る「ほんとうにスゴい辺境メシ」

辺境ノンフィクション作家・高野秀行×発酵デザイナー・小倉ヒラク

note

あまりに衝撃の胎盤餃子

高野 90年代に中国に留学していて、親しくなった外科医に「人間の胎盤を食べる」と聞いて驚いたんだ。漢方では乾燥させた胎盤を「紫河車(しかしゃ)」といい、疲労回復などに使用するそうだけど、当時はそんなこと知らなかったし、人間の胎盤を食べるなんて衝撃的だよね。どうしても食べたいと友人に頼んだら僕のために奔走して、帰国直前にゲットしてくれました。

 雪がしんしんと降る晩に突然、彼が寮のドアをドンドン叩いて中に駆け込んできて、産みたての胎盤が入ったビニール袋を手渡してくれた。餃子にして食べたらレバーみたいな味だったね。

産みたてほやほやの人間の胎盤 ©高野秀行

小倉 倫理が絡んでくるから、色々なスイッチをオンにしたりオフにしたりしないといけない気がします。

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高野 人間社会では、一般的にはカニバリズム(人肉食)はタブーとされていますが、僕はあんまり抵抗がない。食べるために殺すのは許されないけど、亡くなった人の肉を食べることをタブーとしない文化はかつてあったと思うし、今もあるんじゃないかな。

小倉「醤(ひしお)」という漢字の成り立ちを調べると、台所で肉や穀物を細かく刻んで酒壺に入れることを意味する象形文字が元になっています。周や秦の時代の醤の作り方を辿ってみると、肉醤が案外多い。その頃の中国では戦争が絶えなかったから、人間も醤にしていたと思います。「何々将軍の醤だぞ! 必勝祈願のために米にかけよう」みたいな(笑)。

©末永裕樹/文藝春秋

高野 “ひしお”だけにね(笑)。

小倉『辺境メシ』を読むと、世界一くさいと言われているシュールストレミング(発酵した塩漬けニシン)の缶詰がたいしたことなく思えます。

高野 味覚の限界を超えるいちばんの原動力は空腹なんだよ。大学時代に行ったコンゴではとにかく飢えていて、ゴリラをはじめ何でも食べた。サル料理は焚火で毛を焼くところから始まるんだけど、肌の色といい大きさといい、人間の赤ん坊そっくりなんだよね。

小倉 味覚の可動領域を広げるとしたら、今後、攻めたい方向性はありますか?

高野 オリジンになる食べものを攻めてみたいな。例えば、コーヒーはエチオピアが発祥だけど、先住民の間ではコーヒー文化が発達していて、バターと混ぜてエナジーフードみたいにして食べるらしい。

小倉 すげえ効きそう。

高野 世界的に見るとコーヒー豆はもっぱら飲み物の原料になっているけど、発祥の地には色々な食べ方があるってこと。現地に行かないと遭遇できないし、研究もされていない。しかも放っておくと、あと5年10年で消えてしまうだろうね。

小倉 この目で見たいし、食べてみたいですね。

高野 本場に行って、現地の人がいて、その状況で食べるのが大事だよね。

小倉 このご時世、本当にまずいものを日本で食べることは滅多にありません。だからこそ辺境でまずいものと出会うと喜んでいる自分がいて、よくぞこんなにまずいものを何100年も継承したと感動します。絶対に受け付けられない味に出会ったときに「なぜ人間は食べるのか」という大きな問いを感じる。その重さがいいですよね。

高野 それが食の可動領域が広がる瞬間だよね。自分の世界が開くのが、やっぱり気持ちいいのよ。

タランチュラを食べる高野氏 ©高野秀行

たかのひでゆき/1966年東京都生まれ。ノンフィクション作家。早稲田大学探検部OB。2013年『謎の独立国家ソマリランド』で講談社ノンフィクション賞、梅棹忠夫・山と探検文学賞を受賞。近著に『辺境の怪書、歴史の驚書、ハードボイルド読書合戦』(共著)など。

 

おぐらひらく/1983年東京都生まれ。発酵デザイナー。東京農業大学で発酵学を学ぶ。「見えない発酵菌たちのはたらきを、デザインを通して見えるようにする」ことを目指し、全国の醸造家たちと商品開発やワークショップを開催。著書に『発酵文化人類学』がある。

辺境メシ ヤバそうだから食べてみた

高野 秀行(著)

文藝春秋2018年10月25日 発売

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