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探検家・角幡唯介の人生「2年で800万貯めて朝日新聞を辞めたあのころ」

本屋大賞を受賞した探検家はどんな家に住んできたのか?――新・「家の履歴書」

2018/11/08
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結婚して長女が誕生するも、次の探検の準備を開始

《2012年に結婚。翌年12月に長女が誕生した。結婚した年から、極夜の北極圏に挑む準備を開始。極夜とは白夜の反対で、まったく太陽の昇らない極寒の暗闇が4カ月も続く。

 2016年12月から80日間かけて、本番の探検を実行。その一部始終を、今年2月に『極夜行』(文藝春秋)として刊行した。》

角幡 北極探検の拠点にしたのは、グリーンランド最北のシオラパルクという村で、準備のために何度も訪れて、家を借りて暮らしました。ホッキョクウサギ20数羽分の毛皮で防寒着を裁縫したり、食料の調達、犬ゾリの改良、犬の調教、天測や射撃の練習をしたり。射撃は、ライフルでジャコウウシやアザラシを仕留め、解体して自分と犬の食料にするためです。

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 そうやってグリーンランドにいるとき、奥さんから衛星電話で、帰国後は千代田区民になることを知らされました。

 その賃貸マンションは、5階にある3DK。ところが引っ越したあと、なぜか奥さんとケンカが絶えなくなったんです。市ヶ谷という場所の住み心地もよくないので、また引っ越しを提案しました。

妻の提案で鎌倉の一戸建てを35年ローンで購入

角幡 西武池袋線の沿線に戻るとばかり思っていたら、奥さんが見つけてきた物件は鎌倉。僕は家を買うことにも、鎌倉という半セレブな場所にも抵抗があったんですが、無下に断わるとまたケンカになるので(笑)、見に行ったところ、思いのほかよかったというわけです。その物件は別の人に買われてしまったんですが、緑も海もある鎌倉が気に入って、いまの家を探しました。

 すべて奥さん任せなので、広さが何ヘーベーとか全く知りません。2階にキッチンとリビング、トイレとお風呂。1階に寝室と4畳半くらいの部屋が2つ。ひとつは書斎。もうひとつは物置ですが、娘が大きくなったら子ども部屋にするつもりです。

 不思議なことに、奥さんとのケンカは減りました。

《この10月から、17年ぶりにニューギニアへ。来年は1月からまた北極で、5カ月ほど滞在する予定だ。》

角幡 「なぜ探検をするのか」と、繰り返し聞かれてきました。「なぜ生きるのか」と同じように答えにくい質問ですけど、最近わかったんです。

 ひとつの計画を達成すると、「次はこんなことができる」と思いつきます。経験を重ねることで実現可能な領域が広がって、より厳しい計画への挑戦権を得るわけです。

 危険は増しますが、危険の程度も経験からわかります。そもそも冒険とは、僕らが暮らしているシステムの外へ飛び出すこと。絶対に安全だったら、それは単なる苦役です。

 新しい思いつき自体が自分の分身になるというか、自分だけに可能な計画を実行しないのは、自分から逃げることになるんですよ。

(取材・構成 石井謙一郎)

かくはたゆうすけ/ノンフィクション作家・探検家/1976(昭和51)年、北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。同大学探検部OB。03年に朝日新聞社に入社。08年に退社後、ネパール雪男探検隊に参加する。『空白の五マイル』『雪男は向こうからやって来た』『アグルーカの行方』『極夜行』等著書多数。

極夜行

角幡 唯介(著)

文藝春秋
2018年2月9日 発売

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角幡 唯介(著)

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