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連載桜庭一樹のシネマ桜吹雪

『彼が愛したケーキ職人』――桜庭一樹のシネマ桜吹雪

いなくなった人

2018/11/11

 人間は、ときどきいなくなる。

 亡くなったり、失踪したりすることもあるし、SNSのアカウントを削除して、どこの誰だったかわからなくなったりもする。

 そうなると、わたしは、共通の知人と、いなくなった人の思い出話をし始めてしまう。きっと、もう本人との未来(タテ)がないぶん、知人の記憶の中にいるその人(ヨコ)に会いたいのだろう。

 さて、この映画は、一人の男性の突然死を巡る、複雑な切なさに満ちたラブ・ヒューマン・ドラマだ。

 主人公は、ベルリンでちいさなケーキ屋を営む孤独な青年トーマス。ある日、イスラエルから出張中の妻子ある男オーレンと恋に落ちる。ところがオーレンは、イスラエルに帰国中、交通事故で急死してしまう。トーマスは恋人の面影を求めて彷徨い、オーレンの妻アナトが経営するエルサレムのカフェに辿り着いた。そして、なにも知らないアナトに気に入られ、店員として雇われて、そのまま居着くことに。

 トーマスは、アナトや息子など、家族を通して、死んだ男の真の姿を探し続ける。そのうちアナトもトーマスの秘密に気づき始めて……。

 それにしても、いなくなった人の思い出話っていうやつは、案外、やっかいだと思いませんか? だって、「なるほど!」とパズルのピースが埋まっていくこともあるけれど、逆に、「えっ、知らなかった」という話が出てきて、ますますわからなくなることも多くて……。

 やがて、アナトの記憶を助けに、死者を巡るトーマスの旅は終わりを告げる。そして今度は、夫の心を探すアナトの旅が始まる。アナトはトーマスを通して、人生のどんな真実をみつけるのだろうか?

 死者に向かって愛を問い続ける、恋人と妻の姿が、どちらも悲しく、どちらも美しい。ひどく静かで、深い余韻を残すドラマでした。

© All rights reserved to Laila Films Ltd. 2017

INFORMATION

『彼が愛したケーキ職人』
12月1日(土)よりYEBISU GARDEN CINEMA他にて全国順次公開
http://cakemaker.espace-sarou.com/