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連載松尾諭「拾われた男」

松尾諭「拾われた男」 #19 「入籍前夜」京都の太秦である女優さんによろめいてしまった日

2018/11/18

genre : エンタメ, 芸能

 生まれ育った兵庫県の尼崎市。今や関西では住みやすい街ランキング一位に輝くその街は、東は大阪、西は神戸の大都市に挟まれ、大阪湾に面した沿岸部には大小様々な工場が乱立し、阪神工業地帯の中核を担う工業都市および公害の街として社会科の教科書にも載るほど有名だった。工業地帯として発展したということはそれだけ各地から出稼ぎでやってくる男たちが多く、呑み屋や競馬場、競輪場、風俗店が立ち並び、それを目当てにまた人々が集まって来て、つまり簡単に言ってしまえばガラの悪い街として関西だけではなく全国的に有名だった。その街の住人はそれなりに自分の街に誇りを持っている。例えば、市外局番が大阪市と同じ「〇六」なので、大阪とおなじくらい都会だと自負していたり、更には「アマ・ロス・パリの世界3大都市」という人もいたりする。そんな無理のある自慢をするのは、関西の人が尼崎の事を侮蔑を込めて「アマ」と言うからに他ならないからで、特に露骨に侮蔑する人が多く住む街が、世界屈指のはんなり都市、京都である。

松尾諭さん、11月20日カンテレにて放送『なめとんか やしきたかじん誕生物語』(関西ローカル)で笑福亭鶴瓶役を演じます

驚くほど安い、西院の教習所

 母方の祖母は生粋の尼っ子だったが、そんなはんなりな京都が好きだったようで、よく連れて行ってくれた。神社仏閣を訪ねたり、買い物したりする事に興味はなかったが、普段あまり口にできない少し上品な料理を食べられるのは子供ながらに嬉しかったし、帰りにこっそり小遣いをもらえたので、京都に行くのは好きだった。恐らくその頃あたりから、京都に対する憧れのようなものが芽生えていたようで、大学受験は京都の大学をいくつか志望した。

 志望した京都の大学はすべて落ちたが、兵庫県内のそこそこいい大学に合格した。合格を機にバイクの免許を取ろうと思い、とにかく安い教習所はないかと探すと、驚くほど安い教習所が京都の西院にあった。ちょうど予備校に通うのに利用していた阪急の十三までの定期券があったし、その教習所は金額だけではなくて、授業の最短日数も他と比べて圧倒的に短かったので、少し遠いが通う事に決めた。教習所を無事に卒業してからも京都通いは続いた。と言うのも、その年は阪神大震災の影響で大学の入学が一ヶ月近く遅れたため、暇になった四月を有効活用するべく、京都のあらゆる大学の新歓コンパに、その大学の新入生と偽って参加したのだった。

 その後、在学中、中退後も京都にはちょくちょく夜遊びに行き、そこで知り合った、何を言ってもよく笑ってくれる女の子と付き合いはじめて、また京都へ通った。ちなみにその彼女にはずいぶんと酷い思いをさせて別れたのだが、ともあれ、思い返せば何かとお世話になった街だった。