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角田 光代
2017/01/12

犯罪に至る事情

『琉球人の肖像』『「鬼畜」の家 わが子を殺す親たち』『犯罪小説集』ほか

source : 文藝春秋 2017年2月号

genre : エンタメ, 読書

 沖縄在住の写真家による『琉球人の肖像』。一九八五年から二〇一六年までに撮られた、沖縄、八重山諸島の人々の顔、異国の地で暮らす琉球の人々の顔、と多くの顔があるが、それらがなんと多くのことを物語っているのだろう。ここで語られているのは、壮大で、誇りに満ちながら、かなしみを帯びた強くうつくしい物語だ。静かな凄みのある写真集。

 三件の児童虐待事件を追った『「鬼畜」の家』の異様な凄みは、この写真集にあふれる人間味とかけ離れたところにある。子どもを殺した親の、その親まで調べていくことで、負の連鎖がくっきり浮かび上がってきてやりきれない。子を殺(あや)めた親もまた被害者とくくるのは安易だが、この三件には共通点がありすぎる。そのことがおそろしかった。

『犯罪小説集』はタイトル通り犯罪を扱った短編集で、こちらの事件には共通点はない。みなそれぞれの事情で一線を超える。共感を覚えるものも、まったく理解できないものもあり、その感じに重々しい現実味がある。「万屋善次郎」は、私自身が事件までの流れに立ち会っていたような、苦い後悔を覚えるほどの一編だった。この小説の人物たちには、理解できないにせよ事件に至る理由がある。理由も事情も関係なく、見えざる手に引きずられるように事件を起こしていくのが『籠の鸚鵡』の登場人物たち。だれも彼もぞっとするような面を持っているのに、出てくる人は全員不思議な魅力を持っている。人間の、わけのわからなさをこんなに魅力的に書けるということがすごい。続けて『記憶の渚にて』を読んだから、人と、その人が生きる時間とはいったいなんなのかと、混乱する頭で考える羽目になった。私の人生の主体は、私でも私の意思でもないかもしれない。私を形作っている記憶は、私のものではないかもしれない。夢中で物語を追いながら、自分の立つ地面がふにゃふにゃと歪むような感覚に襲われる。

『綴られる愛人』もまた、意思と異なる方向に進む二人の男女が出てくる。いや、意思に異なる、というよりも、無意識の意思に従う、というほうが近い。愛、といううつくしいはずのものが、ぎりぎりと人を追い詰めていく様が不気味。

 グリコ森永事件を題材にした『罪の声』のボリュウムはすごかった。だれもが知る未解決事件の真相と、事件の周囲にいた人たちの運命を描く。歴史的事実とフィクションがみごとに融合して大きなストーリーになっている。……と、気がつけば、今月はなぜか犯罪がらみのドキュメンタリーや小説ばかり読んでいた。

 ビジネス書の著作が多い作者が、自身の母親をモデルにはじめて書いた小説『ママの人生』のママならば、こうした不可解な犯罪と犯人を、独自の視点でシンプルに分析するかもしれない。失敗をしても後悔をしても、つねに自分自身でいようとしたひとりの女性の姿が描かれている。彼女が奔放に放つ言葉は、たくさんの読み手を解放し、そばに寄り添ってくれるのではないか。

『東京會舘とわたし』は、大正十一年にオープンした東京會舘が物語の主役だ。社交場で在り続けた建物を通して、大正から昭和、平成へと、時代の顔が浮き彫りにされる。それぞれの時代を生きる、それぞれの人に切実な思いがある。無機質なはずの建物が、それらを吸収して、体温のようなぬくもりを放つ。

 昨年読んでいちばんしびれたのは『すべての見えない光』。第二次世界大戦下にパリで暮らす少女と、ナチスドイツの技術兵となった孤児院出身の少年の日々が、交互に描かれる。二人の日々は吸い寄せられるように交わり、そしてすぐ離れる。ストーリーもだが、何より言葉がうつくしくて、読んでいることが至福だった。すれ違うような交わりを描く手腕にも、その短い一瞬が読後に光となって読み手の内に残ることにも、しびれた。あ、訳者のお名前も「光」さんだ!

01.『琉球人の肖像』 垂見健吾 スイッチ・パブリッシング 1800円+税

琉球人の肖像 (switch library)

垂見 健吾(著)

スイッチパブリッシング
2016年10月24日 発売

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02.『「鬼畜」の家 わが子を殺す親たち』 石井光太 新潮社 1500円+税

「鬼畜」の家:わが子を殺す親たち

石井 光太(著)

新潮社
2016年8月18日 発売

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03.『犯罪小説集』 吉田修一 KADOKAWA 1500円+税

犯罪小説集 (KADOKAWA)

吉田 修一(著)

KADOKAWA
2016年10月15日 発売

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04.『籠の鸚鵡』 辻原登 新潮社 1600円+税

籠の鸚鵡

辻原 登(著)

新潮社
2016年9月30日 発売

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05.『記憶の渚にて』 白石一文 KADOKAWA 1700円+税

記憶の渚にて

白石 一文(著)

KADOKAWA/角川書店
2016年6月30日 発売

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06.『綴られる愛人』 井上荒野 集英社 1500円+税

綴られる愛人

井上 荒野(著)

集英社
2016年10月5日 発売

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07.『罪の声』 塩田武士 講談社 1650円+税

罪の声 (講談社)

塩田 武士(著)

講談社
2016年8月3日 発売

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08.『ママの人生』 和田裕美 ポプラ社 1400円+税

ママの人生

和田 裕美(著)

ポプラ社
2016年11月8日 発売

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09.『東京會舘とわたし 上下』 辻村深月 毎日新聞出版 各1500円+税

東京會舘とわたし(上)旧館

辻村深月(著)

毎日新聞出版
2016年7月30日 発売

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東京會舘とわたし(下)新館

辻村深月(著)

毎日新聞出版
2016年7月30日 発売

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10.『すべての見えない光』 アンソニー・ドーア著、藤井光訳 新潮社 2700円+税

すべての見えない光 (新潮クレスト・ブックス)

アンソニー ドーア(著),藤井 光(翻訳)

新潮社
2016年8月26日 発売

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