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小島秀夫が観た『恐怖の報酬 オリジナル完全版』

40年後の「完全版」から、何が見えるか?

2018/11/25

genre : エンタメ, 映画

note

4人の素性をどこで示すか

 クルーゾー版も、フリードキンの短縮版も、今回の“オリジナル完全版”も、それぞれ異なった“報酬”を観客に運んでくれている。

‘77年の短縮版では“ニトロの恐怖”という報酬を受け取ったことは前述の通りだが、それに加え、当時の私はこの作品でタンジェリン・ドリームを知った。ほぼ同時期に『サスペリア』で知ったゴブリンや、『エクソシスト』で使用された『チューブラ・ベルズ』のマイク・オールドフィールドとの出会いによって、彼らが創造するプログレッシブ・ロックに填まったのだ。世代的にプログレの全盛期には間に合わなかったが、初めて買った輸入盤のLPはタンジェリン・ドリームのアルバム『Exit』だったし、マイケル・マンの『クラッカー/真夜中のアウトロー』や『ザ・キープ』、リドリー・スコットの『レジェンド/光と闇の伝説』のサントラをはじめとする作品に耽溺することになる。マイク・オールドフィールドは、のちに『MGSV』で彼の曲「Nuclear」を使わせてもらうことにもなる。『恐怖の報酬』との最初の出会いは、新たな音楽ジャンルへの“爆発(ニトロ)”という報酬をもたらしてくれたのだ。

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 クルーゾーによるオリジナルの『恐怖の報酬』を、ようやく観ることができたのは、'80年代の後半になって、NHKの衛星放送で放映された時のことだったと記憶している。これは掛け値なしの傑作だった。

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 4人の素性を冒頭で示すか、トラックの走行中に提示するか、それがフリードキン版とクルーゾー版の違いである。

出来事の構造と「死」

 フリードキン版では、冒頭で4人の素性と、彼らと隣り合わせの“死”が描かれる。
メキシコのベラクルスのホテルに殺し屋が現れ、宿泊していた男を射殺して立ち去る。

 エルサレムで爆破テロが起き、実行犯の若者たちは兵士に射殺されるが、そのうちの一人は難を逃れる。

 パリで投資家が不正取引を追及され、リカバーしようとするが共同事業者が拳銃自殺を図る。身の危険を感じた投資家は、妻にも知らせずに姿を消す。

 アメリカ、ニュージャージー州で、マフィアの一味がビンゴの現場を襲い、現金を強奪する。逃走中の車内で仲間割れを起こした一味は、事故を起こす。生き残った一人は現場から立ち去るが、敵対組織に命を狙われていることを知り、国外へ高飛びする。

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 ベラクレスを立ち去った殺し屋のニーロ以外の3人が、南米のポルヴェニールに流れ着き、偽名を騙って身を潜めている。テロリストはマルティネス、投資家はセラーノ、マフィアはドミンゲスと名乗っている。いずれも死に直面し、死から逃れてきた男たちだ。ドミンゲスら3人と、数日前に飛行機でこの地を訪れた殺し屋のニーロがニトロ運搬のメンバーに選ばれる。死と絶望に塗り込められた、世界の果てのような場所からの脱出という“報酬”を手に入れようと、彼らは進む。

 しかしそれはSORCERERによって死という運命に引き寄せられていく行為にも映る。彼らは冒頭で示された4つの“死”の犠牲者であり、既に死んだ者としてこの地に集められたようにすら思えるのだ。

 油田に到着するまでに彼らを襲う困難や、出来事の構造がクルーゾー版をほぼなぞっているが故に、その感覚は一層際立ってくる。