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86歳の“孤独の達人”五木寛之が直言「ひとりで死ぬのは怖くない」

 東京都千代田区。皇居にほど近いマンションの最上階の一室で、先月、80代男性が遺体で発見された。

「マンションができた約50年前から、ずっと単身で暮らしていた資産家のおじいちゃんでした。数日前から異臭がして、みんな『おかしいぞ』と話していたのです。結局、さらに数日たち、連絡がとれず心配した妹さんが訪ねてきて、ようやくご遺体を見つけてあげられたんです」(マンション住民)

 誰にも看取られることなく、自宅でひっそりと最期を迎える「孤独死」――。その数は年間3万人とも言われ、もはや都会では、さほどめずらしい出来事ではない。

©iStock.com

 冒頭のマンションでも、老人の死はごく一部の住民が知るのみで、淡々と“後始末”がなされたという。

「妹さんの通報で、警察がご遺体を搬送していったのですが、まもなく業者がやってきて『特殊清掃』にとりかかりました。フロアからエレベーターホールにかけて充満した強烈な臭いも、1時間後には嘘みたいに消えて、何ごともなかったように日常の風景に戻りましたね」(前出の住民)

 現在、全世帯に占める単身世帯の比率は約35%。今後、私たちはますます「ひとりの死」に直面することになるだろうが、いざ自分の身にふりかかると思うと、こうした「孤独死」を忌避する気持ちが強くなるようだ。

「ひとりで気楽に暮らしていたいが、孤独死して誰かに発見されるのだけは嫌だ」

 こう考えて、結婚に踏み切る人も多いというのだ。

五木寛之さん ©文藝春秋

 作家・五木寛之さん(86)は、こうした「ひとりの死」を忌む声に対し、

「では、どんな死が『幸せな死』と言えるのでしょうか」

 と、疑問を投げかける。

「『幸せな死』とは、大勢の子どもたち、孫たちに囲まれて、『おじいちゃん』『おばあちゃん』と惜しまれながら、死んでいくことでしょうか。私には、決してそれが『幸せな死』だとは思えません。『大勢の人に囲まれて死ぬか、一人で死ぬか』ということは、幸福とさほど関係ないように思えます」

 ベストセラー『孤独のすすめ』(中公新書ラクレ)が大きな話題を呼んでいる“孤独の達人”五木さんは、

「86歳になり、もう『自らの死が怖い』という観念はほとんどありません」

 という。そして、「幸福で、豊かな死」を迎えるためには「回想に遊び、回想に生きる」ことが大事だ、と提言する。

文藝春秋12月号

 五木さんのいう「回想に遊ぶ」とは、いったいどういう営みなのだろうか?

 その答えは、「文藝春秋」12月号掲載の五木さんの手記「ひとりで死ぬことの幸福論」で丁寧に解説されている。

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