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辺境ノンフィクション作家が世界の果てでやっと出会えたリアル「口噛み酒」の味

辺境ノンフィクション作家・高野秀行×ノンフィクション作家・川内有緒

note

『辺境メシ』の食欲を減退させる力

川内 なるほど、シュールストレミング的な発酵食は世界じゅうにあるんですね。それにしても、いまの話なんて本全体から比べたら氷山の一角。比較的食べやすい部類のひとつですよね。

高野 読んでてどうでした?

川内 もう具合悪くなっちゃったくらい!「週刊文春」の連載中愛読していたのですが、1冊で読んだらたたみかけるような迫力があって、食欲を減退させる力がすごいです(笑)。

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高野 明治大学の清水克行先生がゼミの学生に読ませたら、女の子のひとりが、「先生、これは食事の前にちょっと読むと食欲が減退してダイエットにいいです」って言ったそうです。食事の前にぜひ。

川内 これは新しいダイエット法ですね! 

アニメ映画『君の名は。』にもでていた口噛み酒の話

高野 こういう変な食べ物っていうのはみんな興味があるんですね。先日も、高校生相手に講演会をしてきたら、1番盛り上がるのは質疑応答で、「いままで食べたもののなかで1番変なものはなんですか?」「不味かったものは?」とか(笑)。せっかくなのでここで、若い人たちにもアニメ映画『君の名は。』で有名になった、口噛み酒の話を少し。

川内 これは読んでて、すごく飲んでみたいと思いましたよ。

高野 最初、僕は映画が流行ってることを知らなくて、口噛み酒を探しにペルーに行ったんだって話をすると、みんな「え、あの口噛み酒!?」って言うから、なんでそんなメジャーなんだろうとビックリしたんです。映画の冒頭を見たら、主人公の巫女の女子高生が神様にお供えするための御神酒を作るために、炊いたお米を噛んでチョチョッと出すんですね。

川内 上品な感じのシーンでしたね。

高野 それがロマンチックで官能的だって話題になってたらしいですね。僕はそんなことは知るよしもなく、口噛み酒には以前から興味があって調べていたら、もう世界各地でどんどん失われていて、いま口噛みをやってるのはアマゾンの先住民ぐらいだと。そこで早稲田探検部の先輩・関野吉晴さんに相談したら、「じゃあ俺の知ってる村行けば?」って紹介してくれた。でもそこはいま許可関係がすごく厳しくなっていて、結局入れなかったんですね。現地ではマサトと呼ばれるお酒で先住民の人たちには一般的なのですが、いまはもう口噛みっていうやり方はしてなくて、サトウキビの汁やひどいときはラム酒を混ぜたりして近代的なやり方で作ってる、と。

川内 もはや完全に違う酒ですよね。

目の前で見たリアル「口噛み酒」は

高野 そう、邪道もいいとこ。聞いてみたら、昔ながらの口噛みやってるところなんてもう関野さんが通っていた村ぐらいしかない。でも、たまたま居合わせた村長夫人が「10年くらい前にやめたけど、私できるよ」と。「じゃあ試したいんでぜひお願いします」って言ってやってもらったんですね。まずはキャッサバっていう芋をふかして潰してマッシュポテトにするんです。イメージと現実は違うだろうとは思ってたけど、僕はこれを見て本当に衝撃でした。さあ、現代の『君の名は。』をどうぞ。

昔ながらの口噛み酒の作り方
https://youtu.be/EfvFDw337bc

川内 ひゃー、強烈! めっちゃ重労働ですよね。

高野 何かに似てると思ったら、大食い大会。あの太ったおばさんがものすごい勢いで食べては出し、食べては出しって、汗だくになって30分やっている。終わったと思ったら、またしばらくして戻って来てもう1回始めて。唾液の酵素のパワーってたかがしれてるので、よっぽどたくさんやらないと糖に変わらないらしい。だからマッシュポテトが最後はドロドロになるんだけど、たぶん2割ぐらいは唾液(笑)。

川内 本に、昔は処女しかできなくて、虫歯がうつるかもしれないみたいなことが書いてありましたが……、酒で虫歯菌うつりたくないですね(笑)。