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「里谷多英に憧れてた」劇作家・根本宗子が語る、モーグル断念からの“劇的人生”

6年の車椅子生活、中村勘三郎との出会い

モーグルの選手を目指していた中学生が、舞台と出会って劇作家になるまで。いま要注目の演劇人、根本宗子さんにその「人生の転機」を聞いてみました。

根本宗子さん 1989年生まれ

一生モーグルができない身体になって6年間の車椅子生活 

——2009年に劇団「月刊『根本宗子』」を旗揚げされて9年。この12月に始まる新作「愛犬ポリーの死、そして家族の話」は16回目の公演になるのですね。

根本 今回はキャストもスタッフも劇団では初めて組む方が多くて新鮮です。私は完全に「当て書き」するタイプなんですけど、村杉蝉之介さん、瑛蓮さん、用松亮さんに役を書くのは初めて。稽古場でその人が見えてくると思うので、台本はその場で変わっていくこともあると思います。

——根本さんは女優としても活動されていて、今回も舞台に立たれます。そもそも演劇に関わるようになったのは何がきっかけなのですか?

根本 中1の時に怪我したことですね。私は里谷多英選手に憧れていて、モーグルの選手を目指していたんです。まあ、東京生まれなので選手になるのは難しかったにしても、順調に検定もとっていてインストラクターになれる資格までは持ってました。ところが、学校のリレーで怪我するんです。モーグルとは全然関係ない怪我。今でも足にボルトが入っているんですけど、そこから6年間車椅子になって、一生モーグルができない身体になってしまった。その時に、『ニンゲン御破産』という松尾スズキさんの舞台を観たんです。それから、演劇を観るようになりました。

 

中村勘三郎さんが「大人計画っていう面白い劇団があるんだ」って

——中学1年生で大人計画を知ったというのは早熟な感じもしますけど、どうしてまた観に行ったんですか?

根本 『ニンゲン御破産』の主演は中村勘三郎さんだったんですけど、私の母と、勘三郎さんの奥さまが親友という縁があって、勘三郎さんから誘っていただいたんです。「大人計画っていう面白い劇団があるんだ。そこに今度出るから、観においで」って。勘三郎さんって、とにかく若い人に、新しい人に劇場に来てほしいって心から思っている方だった気がしていて。歌舞伎に関しても、私みたいな子供にも「どうだった?」って感想を聞いてくれる人だったんですよね。

——どんな会話をしたか覚えていますか?

根本 小さいころは正直に「すごかった!」とか「これより、こっちの方が面白かった」とか「今回は飽きちゃった」とか「話がよくわかんなかった」とか言ってました。そういうことも、ウンウン聞いてくださる方でした。

 

——それは貴重な。

根本 そんなこともあって、私は小さい頃から歌舞伎を観に行ってたんです。勘九郎くん、七之助くんとは幼馴染で、お兄ちゃんみたいな感じでした。だから出演するお芝居はほぼ全部観に行ってました。3歳くらいの頃からかな。とにかくじっとして舞台を観るのが大変だった記憶がありますね。