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2018年のトライアウト 一球にかける選手とファンの思いとは

文春野球コラム ウィンターリーグ2018

2018/11/30

 寒さを覚悟していた。雨で室内開催になり、全く見られなくなる可能性も考えた。だが、当日は汗ばむ晴天だった。

「11月の福岡でこんなに温かいのは珍しいですよ」

 地元の友人が言う。現に前日はかなりの雨。翌日は冷え込む予報だった。じりじりと照りつける太陽は、それでも真夏のファームのそれとは随分違った。

48選手が集った12球団合同トライアウト

 2018年11月13日。タマホームスタジアム筑後。戦力外となった48選手が集う12球団合同トライアウト。会場に着いたのは7時30分頃だったが、既にファンと報道陣が大勢いた。中には北海道から駆けつけたファンもいる。朝球場入りする選手を見ただけで涙ぐむファンもいる。戦力外とは、ファンも一緒に通告を受け、悩み苦しむものなのだ。

 今回有料席を設定したのは、主として遠方のファンのためだという。ネットで完売し当日券はない。入場は有料チケット購入者からで、後に無料席が開放される。有料チケットには参加者リストとメッセージカード、それに地元筑後のまんじゅうがついていた。タマスタの収容人数は3000人程。無料席は入場開始後すぐに満席となり、入場規制がかけられる。最終的に入場者数は5536人と報じられた。

 アップする様々なユニフォームの中に、スワローズの選手達を探す。久古健太郎がマウンドを確認していた。古野正人が走っている。集合し説明を聞く選手の中に、成瀬善久を見つけた。2回目のトライアウトになる鵜久森淳志は、ほぼ同じ流れになる比屋根渉と連れ立って動いていた。

 投手はそれぞれ別個に準備するが、野手はそこここで挨拶を交わし、話す光景が見られる。鵜久森は城所龍磨や桝田慎太郎、今成亮太らと話しては笑顔を見せていた。
3年前のトライアウトで鵜久森は、「楽しまなきゃ損だ」と言ったそうだ。恐らく今度もひたむきに野球を楽しもうとするのだろう。一打席、一球を大事に。悔いのないように。

2回目のトライアウトに臨んだ鵜久森

この日限りの対決にファンは沸いた

 厳しい練習に耐え続けながらチャンスに恵まれず、あるいはチャンスを生かせず戦力外となり、それでもなお野球を続けるため僅かな可能性に賭けようとする。ここまで来る選手達は、皆きっとすごく野球が好きだ。そしてその姿を見守り、熱く声援を送るファン達も、きっともれなく野球が大好きなのだろう。

 地元ホークスの選手には大きな声援と拍手が湧く。城所、そして吉村裕基は常に注目の的だ。西岡剛もさすがに人気がある。球場のアナウンスや電光掲示板の表示はシンプルだった。勝負は淡々と進む。野手の打席は何度か巡ってきて、交代で守備もし続ける。しかし投手の登板は打者3人きり。カウントは1−1からなので最初から緊張が走る。打者は見逃せばすぐに追い込まれる。ボールが続けば四球も出る。四球はどちらのアピールにもならないから、観客も溜息をつく。

 巨人の廖任磊と楽天のコラレスは150キロを連発した。三振を奪う快投に観客が唸る。須田幸太vs鵜久森の同級生対決にはワクワクし、成瀬vs西岡の元ロッテ対決にはハラハラする。美技に沸く。盗塁に大きな拍手が起こる。

シート打撃に登板するヤクルト成瀬

 年末の特番で取り上げることや、席の有料設定も含め、興行化を懸念する声はある。だがプロ野球は元々金を取って勝負を見せる興行だ。メディアの思惑はさて置き、この球場内には何の筋書きも演出もない。ファンはこの日限りのユニフォーム、この日限りの対決を目に焼き付ける。

 最後の打席に向かう城所が、一塁側へ一度、三塁側へ一度、ヘルメットを脱いで丁寧に頭を下げた。その打席で放った見事なヒットに、その日一番の拍手と「まだやれるぞ!」という声が送られた。