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クラシック音楽で、豊かな社会を【2】

音楽体験を通して、次世代リーダーを育成する。

プロのオーケストラが少ない日本ではアマチュアオーケストラの裾野が思いのほか広く、全国に2000団体ほどが活動している。また、学校のクラブ活動だけでなく、ジュニアオーケストラやユースオーケストラと呼ばれる中高生、大学生のアマチュアオーケストラの活動も盛んだ。全国各地域でクラシック音楽を真剣に学ぶ若者たちを応援し、演奏技術の向上、そして心身ともに成長の場となる貴重な機会を創出する取り組みを追った。

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3月に行われたTYOC岐阜大会の模様。
3月に行われたTYOC岐阜大会の模様。

 まだほんのりとあどけなさを残す横顔ながらも、大人たちに必死で食らいついていこうとする真剣な面持ちの中学生。言葉の違いをものともせず仲間と交流する海外の学生たち。日本各地から集まった中・高・大学生、そして韓国・台湾・フィリピン・シンガポール・ノルウェーなど海外から駆け付けた学生たち、総勢160人ほどが集まった岐阜県の合宿施設。多国籍・多世代の若者が集まる場は昂揚感に満ちあふれ、熱いエネルギーがほとばしる。そんな特別な空気感に包まれたこの場は、本年3月に岐阜県で行われた『第34回トヨタ青少年オーケストラキャンプ(TYOC)』。TYOCとは、トヨタ自動車が、(公社)日本アマチュアオーケストラ連盟と協力して音楽を通して青少年を育成することを目的にした教育プログラム。1985年にスタートし、今年で34回目を迎え、これまで約5700人の卒業生を全国に送り出した歴史あるプログラムだ。2年1クールで開催され、3泊4日の合宿研修を各々の年に行ったうえで2年目の最後に特別演奏会を開催する。参加者の対象はアマチュアオーケストラで活動する13歳から23歳。音楽という共通項で出会った仲間が切磋琢磨しながら技術を磨き、音楽への意識を高め合う。

千葉で開かれた第1回大会の練習風景
千葉で開かれた第1回大会の練習風景

 学生たちを教える講師陣は、NHK交響楽団や東京フィルハーモニー交響楽団など日本のトップで活躍するプロの演奏家。地域を拠点とする学生にとっては貴重な機会であることは想像に難くなく、オーケストラキャンプをきっかけに地域のアマチュアオーケストラの中核を担う人材に成長することはもちろん、音楽大学に進む人、プロの音楽家を目指す学生も少なくないという。

2018年3月31日の岐阜大会本番に向けて、真剣に練習を続ける参加者たち。
2018年3月31日の岐阜大会本番に向けて、真剣に練習を続ける参加者たち。

 こうした音楽面の育成だけではないところがTYOCの大きな特徴であり、大人たちが企画・運営すべてをお膳立てするのではなく、参加者による自主運営で開催している。毎回、参加する学生で編成される『運営委員会』が、大会ごとにテーマを決定。大会の方向性や目的の考案をはじめ、合宿先の手配、キャンプ中のイベント企画・進行など、運営の主導権は参加者たちに任されている。

 
 
岐阜大会の本番を告知するため、JR岐阜駅前広場でミニコンサートを開催。
岐阜大会の本番を告知するため、JR岐阜駅前広場でミニコンサートを開催。

TYOCで得られるものとは

 TYOCに参加したことがその後の人生に大きく影響したという人が数多くいる。その一角が、次大会では学生の運営をサポートする側となる「実行事務局」に参画した卒業生たちだ。彼らにとってTYOCとはどんな存在なのか。過去に8回参加し、うち2回は運営委員長も務めた小林拓生さんは語る。

「TYOCが特別だと感じる一番の理由は、みんなの本気度です。参加者のやる気がハイレベルで、講師の先生方も真剣に向かい合ってくれる。相手が子どもだからとかアマチュアだからとかいって手加減しない。一プレイヤーとして自分たちのことをみてくれるんです。めちゃくちゃ叱られたこともありましたけど、それに応えていこうとする参加者のモチベーションが同等にある。だからたった4日間の合宿でも日に日に上達していくのが如実にみえるのだと思う。そんな合宿だけでも強烈な体験なのに、本番の舞台という達成感まである。すべて本番に出し切ったという達成感は強烈な体験でした」

 TYOCでの音楽体験がその後の人生を変えたという人もいる。過去8回参加し、うち4回は運営委員を務めた原田敬典さんだ。 「初めて参加した際の課題曲がシベリウスの交響曲第2番。本番の演奏は中学2年生のときだったんですが、その演奏に鳥肌が立ってしまって。それが音楽の世界に引き込まれた瞬間でした。それをきっかけに音大に進学するくらい音楽に没頭するようになりました。一生涯音楽を続けていく覚悟ができたのは間違いなくTYOCがあったから。今でもあの体験ほど音楽の世界に魅せられた経験はほかにありません」

TYOC卒業生として学生の運営委員をサポートする実行事務局メンバー。左から安斎航也さん、小林拓生さん、原田敬典さん。
TYOC卒業生として学生の運営委員をサポートする実行事務局メンバー。左から安斎航也さん、小林拓生さん、原田敬典さん。
第35・36回の運営委員長を務めている山橋弘靖さん(左)。
第35・36回の運営委員長を務めている山橋弘靖さん(左)。

 トップレベルの音楽を共有できる場であるとともに、全国に同じ気持ちの仲間ができることも大きなこと。過去6回参加し、次大会の実行事務局を務める安斎航也さんはまさに、TYOCを通じて豊かなネットワークを築く経験を得た人物だ。

「僕はもう単純にTYOCという場が好きです(笑)。10代の中高生は普通、地元にしか友達はいませんよね。でもTYOCに参加すると全国いろいろなところに仲間ができるんです。しかもそれが同世代だけじゃなく、先輩、後輩とタテヨコたくさんのつながりができる。もちろん強いつながりができる前提には4日間の合宿生活が大きい。本気で切磋琢磨した仲間だからこそ通じ合えるものがあるんだと思う。今でも仲間と会うことが一番の楽しみです」

第35回TYOC実行事務局長・松口直樹さん。コンサルタント会社に勤めながらヴァイオリン演奏を続け、現在は藤沢ジュニアオーケストラ団長も勤めている。TYOC第25・26回浜松大会の運営委員長就任以降、社会人になっても運営に携わっている。
第35回TYOC実行事務局長・松口直樹さん。コンサルタント会社に勤めながらヴァイオリン演奏を続け、現在は藤沢ジュニアオーケストラ団長も勤めている。TYOC第25・26回浜松大会の運営委員長就任以降、社会人になっても運営に携わっている。

 青少年の人生を変えるほどの影響力を持つTYOC。その意義について、社会人の立場で学生の運営をサポートし、第35回大会の実行事務局長を務める松口直樹さんは語る。
「TYOCという場はとても恵まれています。一流の先生方が指導してくれて、全国に仲間もできる。運営委員会を経験した学生にとっては、160人の参加者を仕切って成功に導く達成感は特別な体験になります。そして参加した学生たちも、ここで得た演奏技術や学びを地元のオーケストラに持ち帰り、リーダーシップを発揮します。渦中にいると気付かないことでも、それぞれの新しい環境で社会人として迎えられたときに、どれだけ恵まれた体験をしていたか、いかに貴重な場であったかに気付くんです。今まさに自分がTYOCで得たこと、学んだことを生かすステージに立っています。僕は、この素晴らしい体験ができる場がいつまでも続くようにしたい。これから参加者や運営委員会のみんなにもこの体験をしてほしいし、同じ思いを引き継いでもらいたいと思います。こんな場はいくら探してもありませんから」

 TYOCを体験した若者たちに共通するのは、音楽への情熱。そしてその貴重な体験を次世代につなげようと思う気持ちも一様に強い。音楽の力が若者たちの力を結束させ、TYOCという場を発展させていくのだろう。

2020年に向けてスタート

 本年3月の岐阜大会が終わると、すぐに2019年・2020年の東京大会に向けた準備が始まった。学生たちの夏休み中に東京で集まり、1回目のミーティングが開かれた。ここでは、次大会のテーマ設定を主に議論。東京オリンピック・パラリンピックと重なる大会になることもあり、世代、国や地域をボーダレスにつなぐ大会にしたいという思いをぶつけあった。次回の運営委員長を務める山橋弘靖さんに抱負を伺った。 「7回参加して一番自分の財産になっているのが人と人のつながりです。たった4日間でこんな仲良くなれるんだ、一生付き合っていけるような仲間ができるというのが驚きで。この体験をできるだけ多くの人に知ってもらいたいし、その喜びを体験してほしい。今回は東京オリンピック・パラリンピックもあるので、海外の人や障害のある方も含めてより多くの人とつながることを目標に大会を作っていきたいです」

 若者たちの大きなチャレンジは社会に出る前の貴重な体験となり、将来、未来の地域・社会を担う力に育っていく。

第35・36回大会を運営する現役のメンバーたち。2020年を見据えて活動している。
第35・36回大会を運営する現役のメンバーたち。2020年を見据えて活動している。