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野村克也83歳、亡き妻へのボヤキ「『俺より先に逝くなよ』と言ったのに……」

野村氏

「サッチーが先に逝ってしまって本当に寂しい。男は弱くて、一人では何もできない。絶対に、奥さんより夫が先に死んだ方がいいよ」

 そうボヤくのは、野球評論家・野村克也さん(83)だ。

 野村さんの妻、沙知代さんが虚血性心不全で亡くなったのは、2017年12月8日のこと。サッチーの愛称で親しまれた沙知代さんを懐かしむ人は多く、一周忌を迎えた今も、BSで特集番組が放送されるほどだ。

 沙知代さんといえば、その歯に衣着せない大胆さが魅力だった。ただ、その言動が理由で、野村さんが2回も監督をクビになった騒動を覚えている人は多いだろう。

 最初は、野村さんが南海の監督をつとめていた77年のこと。沙知代さんが選手起用や作戦にまで口を出すという噂が流れ、球団から監督解任を宣告される。

 別れるように勧める周囲の声に対し、野村さんはこう言って沙知代さんを守ったという。

「世の中に仕事はいくらでもあるけれど、伊東沙知代という女はひとりしかいない」

 2001年には沙知代さんが脱税容疑で逮捕され、当時66歳だった野村さんは、阪神の監督を辞任せざるをえなくなった。思わず「大バカもの!」と怒鳴りたくなったが、

「沙知代の夫を務められるのは、私しかいない」

 こう思い、世間のバッシングから妻をかばい続けた。

沙知代さん

 妻であり、仕事のマネージャーであり、野村さんの生活全体に目を配る監督でもあった沙知代さんを亡くし、いま、野村さんは大きな喪失感にさいなまれているという。

「仕事を終えて誰もいない家に帰ったときがいちばんつらい……」

 ボヤき続ける野村さんに対し、

「私も妻が亡くなって3カ月間は、地獄の毎日でした。それでも、時間が悲しみを癒すというのは本当です」

 こうアドバイスを送るのは、医師の垣添忠生さん(77)だ。

 国立がん研究センター名誉総長を務める垣添さんもまた、妻を見送った一人。今から11年前、大恋愛、駆け落ちの末に結ばれた12歳年上の妻を、肺がんの一種、小細胞がんで亡くした。

「妻が亡くなった後は、ワインやウイスキーなど強い酒を毎晩飲み、睡眠剤が無いと眠れない最悪の精神状態でした。心の中にいる妻に、『どうか口をきいてくれ』と何度叫んだことか」

 しかし、妻を亡くして3カ月ほど経ったころ、哀しみが癒えないまでも、次第に和らいでくるのを感じた。そして、妻が生きていたら「あなた、何て生活をしているの!」と心配されるだろうと想像したという。

 やがて垣添さんは、妻への思いを抱えつつも、一人で生きていくために、日々、さまざまなことを心がけるようになった。

「文藝春秋」12月号では、野村さんと垣添さんの対談「妻を亡くすとみじめなもので……」を掲載。沙知代夫人が「家訓」として野村さんに遺した言葉、垣添さんの体力作りの日課や人付き合いの方法、遺言やお墓についての考えなどが率直に明かされている。

文藝春秋12月号

 充実した老年期のためには「一人」を楽しむための環境づくりが大切だ、と垣添さんは言う。野球解説者、そして現役の医師として第一線で活躍を続けるふたりに、「男の一人暮らし」の秘訣を学んでみてはどうだろうか。

 野村さんから妻を持つ男性諸氏に向けてのメッセージ。

「愛情は全部奥さんに捧げなさい」

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