天皇特例会見で本性を現した小沢が練る今夏の参院選勝利への深謀――
天皇陛下と中国の国家副主席・習近平との会見が決まった十二月十日。皇居で宮内庁長官・羽毛田信吾は苦渋の表情で陛下に報告した。報告を受ける陛下の表情も固かった。外国要人との会見は、その一カ月前までに宮内庁に正式申請しなければならないというルールがある。中国政府からの正式申請は十一月二十六日で、すでに十一月末に断っていた。
だが、十二月七日に官房長官・平野博文が羽毛田に電話して再考を要請、羽毛田は拒絶したものの、この日、平野から「総理の指示を受けての要請だ」と再度の電話があり、羽毛田は屈したのだ。
「陛下を政治懸案の打開役に、となったら、今の憲法下での陛下のなさりようと大きく狂うことになる」
翌十一日に記者会見した羽毛田は顔を紅潮させ、強い口調で首相官邸の対応を批判した。羽毛田の見解表明は独断ではなく、天皇陛下の意向を踏まえたものだった。羽毛田は「総理の指示」だったことに明確に言及しており、裏返せば首相・鳩山由紀夫批判であった。
「波紋を呼ぶだろうが、言うべきことは言っておかなければならない」
羽毛田は庁内でそう語り、覚悟の程を示した。鳩山とは、十六年前の細川護熙政権時代に、官房副長官と支え役の首席内閣参事官として良好な関係にあっただけに、皮肉な巡り合わせだった。
七日の平野の報告を聞いていったんは会見をあきらめていた鳩山を動かしたのが、「会見を実現させろ」との民主党幹事長・小沢一郎の強い要求だった。その小沢は、羽毛田に自身を批判されたと受け取ったのか、十四日の記者会見で顔をこわばらせながら、「内閣の一部局の一役人が内閣の方針にどうしても反対なら、辞表を提出した後に言うべきだ」と羽毛田の辞任を要求した。
ルールを無視して天皇陛下に中国要人と会見させ、気にくわない宮内庁長官を「一役人」呼ばわりし、その首をとろうとする居丈高な政権――。
この日を境に、鳩山政権の当初の清新なイメージは変容し、最高権力者・小沢に操られる鳩山という構図が白日の下に晒されたのだ。
羽毛田が天皇陛下に苦渋の報告をしていた同じ十日、中国・北京の人民大会堂では、民主党議員約百四十人を含む六百人余りを引き連れた小沢が、国家主席・胡錦濤の歓迎夕食会に臨席していた。
「中国の指導者は、民主党が野党の時も本当にまじめにきちんと対応していただいた」
天皇と習近平の会見決定の報を既に聞いていたのか、小沢は上機嫌に語った。
同じ頃、東京・赤坂にある貝料理専門店。庭を望む座敷で元衆院副議長・渡部恒三を囲む会が開かれていた。参加したのは、外相・岡田克也、行政刷新担当相・仙谷由人、国交相・前原誠司、元政調会長・枝野幸男、財務副大臣・野田佳彦、衆院財務金融委員長・玄葉光一郎、衆院環境委員長・樽床伸二の七人。数年前から渡部の呼びかけで開いている会合で、参加した七人は、渡部がかつて自らも名を連ねていた竹下派七奉行になぞらえ、将来の代表候補として「民主党七奉行」と名付けた面々だった。
参加者に小沢と距離を置く中堅が多い上、小沢訪中と重なったために「不在を狙った反小沢派の謀議ではないか」との憶測を呼んだ。しかし、全員の日程がこの日しか合わなかったためで、ほとんどのメンバーはその「偶然」に気付いていなかった。むしろ、この店の自慢である鮑ステーキに舌鼓を打ちながら、話題になったのはもっぱら米軍普天間飛行場の移設問題だった。
鳩山政権は、日米合意に基づいて辺野古沿岸(名護市)への移設の早期決定を求めるアメリカと、県外移設を要求する沖縄世論の板挟みに陥っていた。
「アメリカは大丈夫ですか」
「沖縄の世論は持ち堪えられますか」
質問攻めに遭った岡田は、これまでの経緯を生真面目に説明したものの、鳩山の真意を掴めていないため、着地点どころか今後の段取りさえ答えられなかった。参加者の多くは「普天間が鳩山政権の命取りになるのではないか」との懸念を抱いた。鳩山の発言が二転三転し、問題が先送りされているのは、小沢がこの問題には静観を決め込んでいるからだ。
■「選挙に勝ってこその政権」
師走のある夜、東京世田谷区野沢の住宅街にある寿司屋。一般客が入らぬよう早々と暖簾を降ろした店に入ってきたのは小沢だった。店の奥座敷で、古くからの側近と久しぶりに杯をかわした。
「民主党もまだまだこれからだな」
衆院選圧勝もまだ道半ばと言わんばかりに、そう切り出した小沢。いつも通り、ビールの大瓶を手酌で注ぎ、好物のイカと白身の魚を突ついた。
「一月になれば参院選の応援で、永田町を離れることができる。参院選までは動かない」と問わず語りにつぶやいた。
小沢は昨年九月の鳩山政権発足以来、政策遂行を政府に委ねてきた。自身は夏の参院選に照準を合わせ、新人の教育や党の基盤強化に邁進。この日も、細川政権当時、細川と官房長官・武村正義との間で「三角関係になって足をすくわれてしまった」と述懐し、首相官邸と距離を置く姿勢を見せた。
だが、十二月十六日は違った。夕刻、党から政府への予算要望を伝えるため、小沢は幹事長代行・輿石東ら総勢二十三人を引き連れ、官邸大ホールの上座に陣取り、鳩山を目の前にして憮然とした表情で言った。
「政治主導になっていない。政府は研鑽を積んで自ら決断、実行してほしい。そうでないと国民の期待はしぼんでしまいかねない」
鳩山は神妙な面持ちだった。
「幹事長が仰(おっしゃ)ったように、党の意見というより国民の意見だと思っている」
そう応じるのが精一杯だった。
重点要望には、子ども手当や農家の戸別所得補償制度に充てる財源確保のために、ガソリン税などの暫定税率維持や自民党の支持団体と関係の深い土地改良予算の半減が盛り込まれた。マニフェストにはなかった高速道路の建設促進、整備新幹線の予算措置など、いずれも参院選に照準を合わせ、集票に直結する要望ばかりだった。
景気対策への処方箋や普天間問題への対応など、喫緊の課題には踏み込んでない。小沢がこの場で言明した「選挙に勝ってこその政権」との一言に「最高権力者」の戦略が凝縮されている。
■小沢と亀井の「結婚生活」
小沢は民主党という巨大議員集団で形づくる「地べた」の地主だ。鳩山はその上に立つ内閣という名の「建物」の家主に過ぎない。政策は内閣に丸投げする一方で、陳情処理は「族議員をなくす」という大義の下で幹事長室に一元化した。
政治はボランティアではない。陳情実現の見返りには票とカネが付きまとう。それを一括管理すれば、選挙の大きな武器となり、小沢の権限はさらに強まる。
鳩山内閣という建物には、民主党以外の「住人」も住んでいるため、間取りや家具、壁紙のコーディネートは不統一で調和に欠ける。建物の住人からの文句も多い。いちいちその文句に迎合してしまうのが今の家主の性格でもある。
その最たるものが、普天間問題だ。
「辺野古移設の決定を内閣が行った場合には、社民党としても私としても重大な決意をしなければならない」
十二月三日、社民党党首・福島瑞穂(少子化・消費者担当相)は党の常任幹事会で連立離脱をちらつかせた。
「日米合意を優先すれば、社民党は離脱に追い込まれ、政権は立ち行かない。瑞穂ちゃんと俺を悪者にして、アメリカに話をすればいいじゃないか」
福島発言の直後、国民新党代表・亀井静香(郵政改革・金融担当相)に説得された鳩山は黙って頷いた。福島と亀井に押され、鳩山は日米合意の履行に否定的な言動に傾斜していった。
この後、亀井は日本外国特派員協会で講演し、昨春に訪米した際にオバマ政権側に「新政権になれば、日本はアメリカが決めたことには従属しない。亀井静香がCIAに暗殺でもされないかぎり、アメリカに従属することはない」と伝えたことを披露し、大見得を切った。
亀井は講演で「友党である民主党が次の参院選で大勝することを心から祈っている」とのエールも送ったが、額面通りには受け取れない。国民新党は衆院三人、参院五人の小所帯。参院選で民主党が単独過半数に達すれば「お役御免」になってしまう。だからこそ、経済対策で大幅な財政出動を訴えるなど独自路線を走る一方、勢力拡大を目指して保守系無所属の元経産相・平沼赳夫らに新党結成を打診したのだ。平沼が拒んで頓挫したものの、新党構想を聞いた小沢は「亀ちゃんもいろいろ動くなあ」とまんざらでもない表情だった。
小沢が裏で糸を引いて自民党から引き抜けば、連立はがたつき民主党内にも疑心暗鬼とハレーションを呼び起こす。亀井が自民分裂の触媒となる分には小沢の腹も痛まず、批判も受けない。小沢と亀井は互いに政治利用できる打算から、二度目の「結婚生活」を送っているのだ。
小沢と亀井の関係は一九九七年の冬に遡る。国会議事堂に程近いパレロワイヤル永田町。ひとけの少ない土曜日の夕暮れどきを選び、マンション裏手からエレベーターに乗り込んだコート姿の小沢が向かったのは九〇八号室の亀井事務所だった。小沢は当時、新進党を率いていた。
ブランデーを注ぎ合いながら二時間余り。自ら作り上げた自社さ政権の主導権を加藤紘一や野中広務に握られる羽目に陥った亀井、そして内紛続きの新進党に嫌気がさしていた小沢。二人の思惑は一致し、この会談で後の自民、自由両党の「保保連合」が蠢動(しゅんどう)を始めたのだ。
それから十三年。小沢が自自公政権から離脱していったんは縁を切った二人だが、再び手を握り合った。だが、この蜜月関係も参院選が分岐点となる。
「来年の通常国会には現実になるのではないか。日本側が積極的に取り組まなければいけない問題だ」
小沢は十二日、訪問先のソウルで、在日韓国人ら永住外国人への地方選挙権付与法案を通常国会で成立させる考えを表明した。この法案には亀井が反対しており、民主党内にも慎重論が多い。与党や党内の軋轢(あつれき)、分裂を誘引しかねないこの法案を目指す小沢の真意を訝る声は多いが、地方選挙権付与を強く求めている創価学会対策という見方が有力だ。創価学会に恩を売れば、あわよくば参院選で支援を得ることができる。少なくとも民主党と敵対する動きは少なくなるだろう、と解されている。
その創価学会を支持母体とする公明党からも距離を置かれ始めている自民党は、通常国会では鳩山と小沢の「政治とカネ」を徹底追及し、巻き返しを図る。
来年度予算編成ではマニフェストとの乖離が鮮明になり、失政批判は免れず、景気の悪化にも歯止めがかからない。そこに政治とカネの問題がシンクロすれば、政権運営は一気に揺らぎ、参院選前の鳩山退陣という見方も民主党内で急速に広がっている。
ポスト鳩山にまず挙げられるのは副総理兼国家戦略担当相・菅直人や岡田、前原ら代表経験者だが、いずれも小沢との関係がハードルとなる。そのポスト鳩山リストに新規参入してきたのが、総務相・原口一博と仙谷だ。
原口は、ここ数年、鳩山を通じる形で小沢に接近した。昨年五月の代表選では、同期やその前後の中堅の多くが岡田支持に回るなか、鳩山を強く支持して小沢との関係を確固たるものとし、閣僚の座を射止めた。小沢にしてみれば前原、枝野を筆頭とする中堅の「反小沢」勢力を封じ込める格好の人材と言える。
一方、前原らの後見人を任ずる仙谷は「反小沢」の旗頭と目されてきたが、西松建設の事件をめぐっては検察批判を展開し、菅とは逆に小沢を擁護した。政治家の事業仕分け人の人選をめぐって小沢と軋轢を生じたが、小沢に陳謝し決定的な対立は回避している。
党の要職を経験していない中堅、あるいは反小沢の頭目……。過去、世間の予想を覆す首相候補を担いで政局を動かしてきた小沢だけに、そんな「ウルトラC」があるかもしれない。
対米関係も政権の行方を大きく左右する見逃せない要因だ。対米関係の悪化と言えば、十六年前の細川退陣が想起される。九四年二月の会談で米大統領・クリントンが日本の貿易黒字減らしに数値目標を要求。細川が拒み、前代未聞の決裂に終わった。その二カ月後に、細川は退陣を表明する。いみじくも鳩山は当時の官房副長官だった。 (文中敬称略)
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