サイエンスライターの佐藤健太郎氏が世の中に存在する様々な「数字」のヒミツを分析します。
今回の数字:薬剤耐性菌による年間死者数=8000
20世紀最大の発明は何かと依いたら、あなたは何と答えるだろうか。コンピュータを挙げる人は多いだろうし、原子力の開発もまた歴史を大きく塗り替えた。だが筆者としては、各種の抗生物質を推したい。
1928年に発見されたペニシリンは、それまで人類を苦しめてきた各種の細菌感染症をほぼ一掃した、まさに奇跡の薬だ。その後も多くの抗生物質の発見が相次ぎ、結核や梅毒といったかつての不治の病は、数百円の薬を一服するだけで治る病気に変わってしまった。ペニシリンの発見を境に、人類は全く別のステージに立ったといっても過言ではない。
だが、その抗生物質に危機が迫っている。抗生物質が効かない、恐るべき薬剤耐性菌が蔓延し始めているのだ。たとえばある種の細菌は、ペニシリンの抗菌作用の元となる部位を破壊する能力を身につけ、耐性を獲得した。そこで人類は別種の抗生物質を投入したが、やがてこれらにも耐性菌が発生してきた。我々は抗生物質によって細菌を滅ぼしたつもりが、実は強い菌へと彼らを鍛え上げていたのだ。風邪や家畜の飼育などに安易に抗生物質を濫用したことも、耐性菌の蔓延に拍車をかけた。メチシリンやバンコマイシンなどの強力な抗生物質の壁も次々と破られ、人類の手持ちカードはどんどん少なくなっている。
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source : 文藝春秋 2020年2月号