「総理は精根尽きている…」安倍が解散に踏み切れない“岸田爆弾”

赤坂太郎

ニュース 政治
窮地打開には伝家の宝刀を抜くしかない。だが、それができない苦悩。安倍の力の衰えと共に「パクス・アベーナ」は終わり、権力闘争の時代へ。永田町では策士たちが蠢き出している。

解散できない安倍の苦悩

 鬱陶しい梅雨のさなか、公明党の支持母体である創価学会の地方の幹部たちは、じめじめとした気分に苛まれていた。「感染したらどうするのか」「入館者を入れ替えるたびイスや手すりを消毒するなんて現実的じゃない」「受付なんかしたくない」……。かつてなら二つ返事で応じてくれた会員から不安や不満が噴出したためだ。

 発端は6月12日に開かれた都道府県の学会幹部らによるオンライン会議。会長の原田稔ら学会幹部が7月10日以降の活動再開を宣言した。1960年5月に第3代会長に就任した名誉会長の池田大作の就任60周年を祝う30分間の記念映像の上映会を、全国の会館で同26日までに行うよう指示した。学会は会員を一堂に集める手法で連帯感を高めてきたが、新型コロナウイルスの感染拡大で3カ月間、集会を控えた。上映会は、リーダーシップあふれる往時の池田の姿を見て、改めて信心を深めてもらう狙いがあったが、学会事務局には会員の抗議が続いた。

 上映会は秋の衆院選を見据えてもいる。オンライン会議では上映会と合わせて、地方の幹部が夏休みを返上して会員宅を訪ね、激励に回ることも決まった。学会内部で「内固め」と呼ばれる選挙前の基本行動だ。7月8日には、全国各ブロックのトップを集めた「方面長会議」の開催も内定。学会幹部の内情を知る関係者は「選挙への準備は万端だ」と語る。

 コロナ禍の選挙では18番のローラー作戦は難しいが、選挙を仕切る副会長の佐藤浩は自信を強めている。6月の沖縄県議選で行った全国からの電話作戦が功を奏したからだ。投票率が下がったにもかかわらず、4年前より票を伸ばした候補もいた。メールやSNSにも力を入れ、「新しい生活様式」ならぬ「新しい選挙手法」の成果が現れつつある。

 少し遅れて、永田町の解散風も本格化してきた。6月19日、首相の安倍晋三は副総理兼財務相の麻生太郎、官房長官の菅義偉、党税調会長の甘利明と会食。それに合わせたかのように甘利は時事通信のインタビューで「秋以降、経済対策と合わせて解散する可能性はゼロではない」と強調した。

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甘利氏

 ただ、党所属の衆院議員の4割を占める当選3回以下の若手は解散風におびえている。桜を見る会、東京高検検事長の定年延長に端を発した検察をめぐる一連の問題、コロナ対策をめぐる税金の不透明な流れ……。通常国会で噴出した問題は、安倍内閣の支持率を急落させた。すべての選挙を「安倍総裁」での順風選挙で勝ち続けてきた若手は逆風選挙という未知の恐怖におびえ、幹事長の二階俊博らに、解散先送りを陳情している。

動機は「石破首相阻止」のみ

 そもそも安倍が解散に踏み切れるのか、懐疑の声は尽きない。官邸内からは「総理は精根尽きている。解散は無理」との声が漏れる。安倍の気力が尽きていることを側近たちが感じ始めているのだ。最側近の首相補佐官、今井尚哉がたびたび口にする「安倍総理の力の源泉は選挙に勝ち続けたこと」という言葉からも解散の難しさが推察できる。7月5日に投開票された東京都知事選などは任期満了によるが、衆院解散は首相が判断する。「コロナが収まりきっていないのに、なぜ解散か」という有権者の疑問は、どんな大義を掲げても解消しにくい。

 安倍や菅が全力を尽くして当選させた参院議員の河井案里、克行夫妻の逮捕も火種だ。買収資金の原資は、安倍主導で党から陣営に渡った1億5000万円ではないか――そんな疑念が渦巻く中、案里の後援会長だった府中町議が現金30万円を克行から渡された際、「安倍さんからです」と言われたと証言。解散となれば「政治とカネ」に改めて焦点が当たることは避けられない。そうなると、まとまれない野党が相手でも、大幅に議席を減らしかねない。安倍の責任問題に発展すれば、積み重ねた大勝の記憶は忘れ去られ、「負けた首相」の印象だけが残ってしまう。

 安倍自身、解散への内発的な動機もない。経済回復のために消費減税を大義にするとの声もあれば、「国家安全保障会議(NSC)で議論を始めたい」とぶち上げた敵基地攻撃能力を中心とした安全保障政策で信を問うとの見方もあるが、どちらでも安倍の闘争心に火は着かない。安倍は2014年衆院選では消費増税の見送りを、17年衆院選では増税の使途変更を大義に掲げたが、いずれも「最終的には憲法改正につなげるための方便」という安倍なりの志があった。だが総裁任期が残り1年余りとなり、4選を目指す気力もなく、憲法改正はあきらめた。

使用_安倍総理 共同 2020041703140¥総トビラより
 
安倍首相

 解散の動機が唯一あるとすれば、蛇蝎のごとく嫌う元幹事長の石破茂の首相就任を防ぐことだ。数で動く永田町の論理でいえば、いくら国民人気が高くとも石破が首相になることは考えにくい。ただ、衆院選が近づけば議員は浮足立つ。この夏や秋に解散しなければ、コロナの第2波が予測される冬の解散は難しい。10月には、政権運営の最後の推進力である東京五輪の中止が決まる可能性がある。予算通過後の来年4月の解散は、6月の東京都議選に近く公明が嫌がるため、難しい。安倍周辺が「9月までに解散しなければ来年10月の任期満了を迎える」と語るように、早期解散に踏み切らなければ来秋の総裁選直後の衆院選が現実味を帯び、国民人気のある「石破政権」が生まれかねない。

安倍に生じた岸田への不安感

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source : 文藝春秋 2020年8月号

genre : ニュース 政治