女が3割ならば若者も3割

日本人へ 第186回

塩野 七生 作家・在イタリア
ライフ 社会

 落ちるところまで落ちないと目覚めないと言われるのは、イタリアでは橋にかぎらない。ジェノヴァで起った陸橋の墜落以上にイタリア人にショックであったのは、今年行われたサッカーの世界選手権では出場さえも許されなかったことだった。予選で落ちてしまったからだが、サッカー人口イコール国の総人口とさえいわれるイタリアである。世界チャンピオン最多を誇るブラジルに次ぐイタリアなのに、大会開催中は終始観戦を強いられたのだから、イタリア人の気分が落ちるところまで落ちたのも当然である。これで始めてイタリア人は目覚める。少なくとも、目覚める必要は感じたのだ。

 まず、監督を代えた。温厚で円満な人から激しい性格の人に。つまり、選手たちをなだめすかしながらイイ線にまでは持っていける監督から、温厚でも円満でもないが勝ちを取ることを最重要視する監督に代えたのである。

 ロベルト・マンチーニは現役時代から、メリハリの効いた試合ぶりで知られていた。一応はストライカーなのでゴールも決めるが、それよりも見事なのは目の醒めるように美しいパス。だから彼のアシストは、必らず得点に結びつく。今は辛口の解説者に転身しているヴィアーリとのツートップでセリエAの連覇を成しとげたのではなかったか。

 私には、監督には2種類あるように思う。1つ目は、選手たちを育てながら1年を通してまあまあの成績を残す人。2つ目は、持ち駒を駆使することで勝ちを重ねていく人。マンチーニは、監督になってからの各国を渡り歩いての実績からも、明らかに第2種に属す。この派の監督の代表例はムリーニョだが、この種の男に凄みのある美男が多いのはなぜか、まではわからない。

 というわけで落ちるところまで落ちたイタリアのナショナルチームを率いることになったマンチーニだが、ベテランから若手に代替わりしたチームのスタートは苦戦の連続になった。その試合後に行われた記者会見でのマンチーニの言葉が、私の関心を刺激したのである。

「クラブチームの監督たちには、イタリア出身の若手により多くの出場の機会を与えてくれるよう願いたい。彼らには、素質ならば充分にある。欠けているのは、勝負カンなのだ。この種のカンは、現場経験を積むことでしか習得できない。しかも、カンが衰えてくると素質までが低下してしまう」

 イタリアでのサッカーは完全な営利事業なので、観客動員のために世界中から有名選手を集める。私でさえも、クリスティアーノ・ロナウドが出るのなら観に行くかと思うほど。おかげでこれらクラブチームの監督たちはすさまじい重圧下に置かれていて、2度つづけて負けるやとたんに進退問題化する始末。この人たちだって若手にチャンスを与える気持は充分にあるのだが、それで敗れようものなら自分のクビがとびかねない。いきおい、レギュラーは外国からの有名選手に頼るようになり、イタリア人の若手はベンチに居つづけることになる。マンチーニは、彼ら監督だけでなく外国の有名選手を喜ぶイタリアの観客たちにも、むずかしい問題を突きつけたのであった。

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source : 文藝春秋 2018年12月号

genre : ライフ 社会