6月17日午前7時半、国家安全維持法違反の捜査令状をもった警官たちが編集部になだれ込んだ。それから5時間にわたり、香港の日刊紙「蘋果日報(アップルデイリー)」の記者や編集者、社員らは社員食堂に押し込まれた。オフィスは隅から隅までひっくり返されて、大量の書類と44台のパソコンが持ち去られ、経営・編集幹部5人も逮捕された。

「一国二制度」の形骸化批判の論陣を張ってきた同紙は香港の民主派の言論拠点で、発行部数もトップクラスで影響力が大きい。中国にとっては目の上のたんこぶのような存在だ。創業者である黎智英(ジミー・ライ)氏は国安法違反などで逮捕・起訴されて収監中だが、次の矛先は、新聞そのものに向けられた。

 具体的な容疑は「昨年7月1日から今年4月3日までの間、黎氏と共謀して外国勢力と結託し、香港や中国に制裁や封鎖などを求める利敵行動をとった記事があったため」。どの記事を指すのかは不明なままだが、国際社会に民主派との連帯や支援を呼びかけたことを指すと見られる。常識では考えられない容疑が通ってしまうのがいまの香港だ。

 同紙は新聞発行を決然と続けることで対抗。翌日朝刊トップの見出しに「持ちこたえよう(要頂住)」を掲げた。大勢の市民が早朝から新聞スタンドに並び、一部10香港ドル(約140円)する同紙は普段より6倍の部数で緊急印刷した50万部が完売した。香港人の意地を見せた形だが、同社幹部は「数日内に停刊に追い込まれそうだ」と言う。

 なぜ今なのか。「7月1日」との関連が濃厚だ。この日、中国共産党は結党100周年を迎え、香港返還24周年の記念日に重なる。2022年秋に習近平の総書記3選を控え、反抗的だった香港を歓喜の声一色に染めたい、との思惑が透けて見える。

 今回の摘発は深刻な意味を持つ。従来は個人が標的だった国安法の適用が言論や報道の中身に及んだ点だ。今後は当局に批判的な記事を書き、海外メディアの取材に批判的なコメントをするだけで逮捕容疑にされてしまう。

 さらに、香港当局は同紙関係の企業資産1800万香港ドルを凍結。社員への給与支払いや印刷体制の維持は苦しくなる。香港で活動している1400社の日本企業を含む海外企業に対し、中国政府の機嫌を損ねただけで蘋果日報のような上場企業ですら潰されるチャイナ・リスクが、香港に及んだ現実を突きつけ、大きな恐怖や不安を与えるものだ。

初回登録は初月300円で
この続きが読めます。

有料会員になると、
全ての記事が読み放題

  • 月額プラン

    1カ月更新

    2,200円/月

    初回登録は初月300円

  • 年額プラン

    22,000円一括払い・1年更新

    1,833円/月

※オンライン書店「Fujisan.co.jp」限定で「電子版+雑誌プラン」がございます。ご希望の方はこちらからお申し込みください。

有料会員になると…

世の中を揺るがすスクープが雑誌発売日の1日前に読める!

  • スクープ記事をいち早く読める
  • 電子版オリジナル記事が読める
  • 解説番組が視聴できる
  • 会員限定ニュースレターが読める
有料会員についてもっと詳しく見る
  • 0

  • 0

  • 0

source : 週刊文春 2021年7月1日号