(いのうえあれの 作家。1961年、東京都生まれ。89年、「わたしのヌレエフ」でフェミナ賞を受賞しデビュー。2008年『切羽へ』で直木賞、11年『そこへ行くな』で中央公論文芸賞、16年『赤へ』で柴田錬三郎賞、18年『その話は今日はやめておきましょう』で織田作之助賞を受賞。近著に『生皮』。)

 

 あれは父が亡くなって10年ほどが経った頃のこと。長く暮らしてきた実家の調布の家を売ることになりました。

 その時、母は父の位牌を「不用品」の袋に仕分けしていたのです。これは無宗教だった父のために、埴谷雄高(はにやゆたか)さんが木の切れ端に『井上光晴之霊』と書いてくれた貴重なもの。私が問いただすと、母は「あら、見つかっちゃったわ」という顔をしていました。

 井上家には墓がありませんでした。それは父方の祖父が婚外子だったからです。そのため、父の遺骨は死後7年間、実家のクローゼットの中にありました。世間の常識には頓着しない家族だったんです。

 直木賞作家の井上荒野さんは1961年、作家の井上光晴の長女として東京で生まれた。今年11月に公開される映画の原作『あちらにいる鬼』は父と母、瀬戸内寂聴との三角関係を描いてベストセラーになった。

 私が生まれたのは、安部公房さんから紹介してもらった中野区野方の借家でした。そこから野間宏さんが持っていた小金井市の家に移り、私が幼稚園にあがるタイミングで抽選にあたった世田谷区桜上水の3LDKの分譲団地に移り、7年間暮らしました。二つある六畳の部屋を寝室と父の書斎として使い、四畳半の和室に父の祖母サカばあちゃんと、やえちゃんという住み込みのお手伝いさんが寝泊まりしていた。母は佐世保の老舗カステラ店のお嬢さんで、母方の祖母は、娘がよくわからない小説家だかなんだかと結婚することを心配した。それで、私が生まれた時につかわしてくれた人がやえちゃんでした。

 この団地に引っ越した頃、私がまだ4歳の時から、父は瀬戸内寂聴さんと不倫関係にあったようです。団地近くのケーキ屋さんの奥にある小さな喫茶スペースで、寂聴さんは父に小説の原稿を読んでもらっていたと、私は大人になってから聞きました。

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source : 週刊文春 2022年8月11日号