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無戸籍の日本人1万人の衝撃 120年頑なに変わらない「離婚後300日ルール」への違和感

2019/01/15

「内縁30年…死んだ妻は誰? 無戸籍か、身元分からず」

 衝撃的な見出しの新聞記事が掲載されたのは、2018年暮れのことだった。

「福岡県大野城市内で10月、アパート一室に内縁の妻の遺体を遺棄したとして、死体遺棄容疑で男が逮捕された。妻は『ユミコ』と名乗り、一時は仕事もしていたが、県警が調べても身元を特定できなかった。免許証や住民票もなく、『無戸籍状態』だった。30年連れ添った男も『今となっては、妻がどこの誰だったのか分からない』と話す」(2018年12月16日付西日本新聞)

戸籍をもたない「無戸籍者」たちの現実

井戸まさえ氏

 恐れていたことが起きた――。

 記事が出る前、同社から筆者のもとに取材の電話があった。「無戸籍問題に長年取り組んでいる立場からどう思うか」と聞かれ、正直にそう答えた。

 社会保障の枠から外れ、病院にもいけない。犯罪者でもないのに、自分を証明するものが一切ないというだけで、罪を犯しているような後ろめたさを持つ。結果、人との接触を避け、声を潜めて暮らす。これが戸籍をもたない「無戸籍者」たちの現実だ。

 事件の被害者「ユミコ」と内縁の夫が抱えた背景を聞けば聞くほど、筆者のもとにやってくる相談者たちの姿が重なった。「ユミコ」の身に起こったことは、筆者が『無戸籍の日本人』(集英社)で紹介した無戸籍者たちにも十分起こり得ることだった。

死んだ妻は誰だったのだろう

 この記事はyahooニュースに転載され、「無戸籍者は、過去の事情を知られたくないため身近な人にも出自などを話さないのが特徴。大野城市のアパートで死亡した女性が無戸籍者の可能性はある」との筆者の短いコメントとともにシェア、拡散され、瞬く間に約500万以上のPVを記録した。

 無戸籍者が抱える苦悩――国家に認められず、社会からも締め出され、自分が何者かも知らぬまま生きざるをえない状況――は、戸籍をもつ日本人にとっても「他人ごと」とは言い切れない、社会が抱える潜在的な不安を掻き立てる何かがあるのかもしれない。

 事件は内縁の夫に対して執行猶予付きの判決が出て終局した。

 報道をみて「うちの娘ではないか」等の数件の情報が寄せられたものの、いずれも個人の特定までは至らず、無戸籍者「ユミコ」の身元はいまだわからないままである。

 裁判官は内縁の夫に対し「あなたのできる範囲で、きちんと供養してあげてください」と語りかけた。

 一体、死んだ妻は誰だったのだろう。

 夫はそれを知らぬまま、供養を続けていく。