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佐藤優が明かす外交秘話「かつて日本は国後島と択捉島を放棄していた」

 安倍首相は年頭の記者会見で、「戦後日本外交の総決算を行っていく。本年はその目標に向かって大きく前進する1年にしたい」と力強く抱負を語った。

 なかでも重きが置かれているのが「北方領土問題」だ。

「ロシアとは北方領土問題を解決して、平和条約を締結する。戦後70年以上残されてきたこの課題に、次の世代に先送りすることなく、必ずや終止符を打つとの強い決意を昨年、シンガポールの地でプーチン大統領と共有しました。事情が許せば、今月下旬に私がロシアを訪問し、平和条約交渉を前進させる考えであります」(年頭記者会見)

首相会談を重ねる安倍首相とプーチン大統領 ©JMPA

 実際この発言どおり、1月21日に日露首脳会談が開催される見通しとなった。

 こうした「前のめり」の首相に対して、「4島一括返還を取り下げるのはおかしい」「足元を見られている」「プーチン相手では2島すら返ってこない」などと批判の声も多いが、かつて最前線で日露交渉に携わった佐藤優氏は、歴史的事実を踏まえてこう指摘する。

「実はそもそも、『日本は一貫して4島返還の立場だった』というのは、1955年~56年の日ソ国交回復交渉の過程でつくられた『物語』であり『神話』で、それ以前は『2島返還』の立場だったのです」

佐藤優氏

「1951年のサンフランシスコ講和条約で、日本は、『千島列島』の主権を放棄しています。条約2条C項には次のようにあります。『日本国は、千島列島並びに日本国が1905年9月5日のポーツマス条約の結果として主権を獲得した樺太の一部及びこれに近接する諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する』。1951年の国会においても、『条約にある千島列島の範囲については、北千島と南千島の両者を含むと考えております』と、国後島と択捉島は(日本が放棄した)『千島列島』に含まれると明言しています」

 にもかかわらず、その後、日本は、この2島を一度も放棄したことがなかったかのように偽装し、そのための辻褄合わせに「北方領土」「日本固有の領土」という新語を用い始め、ソ連側がそもそも飲めるはずもない「4島即時一括返還」という立場をとることになる。

かつて放棄された国後島 ©共同通信社

 東西冷戦の激しかった当時の国際状況においては、こうした日本の姿勢にも一定の合理性があったが、冷戦終結からすでに30年。そろそろ現実的な対応を取った方がいい、と佐藤氏は指摘する。そして「よほどの不測の事態が起きないかぎり、今年は日露平和条約締結に向けて大きく前進する」と断言する。

 こうした断言を根拠とともに示した佐藤優氏の論考「衆参ダブル選挙で日露平和条約締結へ」の全文は、「文藝春秋」2月号に掲載されている。

「文藝春秋」2月号

 なお同記事は、英「エコノミスト」誌とのコラボ特集「2019世界と日本はこう変わる」の一部で、同特集には、トランプ政権、習近平政権、世界経済、株価、代替わりを迎える国内政治など、2019年の世界と日本を見通すための記事が数多く掲載されている。

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