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ナチス幹部の底無しの欲望 凄惨な地獄絵図を描いたホラーの世界

『邪神帝国』(朝松健 著)――究極の徹夜本!

2019/01/19

 世の新刊書評欄では取り上げられない、5年前・10年前の傑作、あるいはスルーされてしまった傑作から、徹夜必至の面白本を、熱くお勧めします。

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『邪神帝国』(朝松健 著)

 スティーヴン・スピルバーグ監督の映画『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』や荒木飛呂彦の漫画『ジョジョの奇妙な冒険』第二部あたりに代表されるように、とかくフィクションの世界におけるナチスは、オカルトや超科学と相性がいい。二〇一八年の江戸川乱歩賞受賞作、斉藤詠一の『到達不能極』もそうだった。とはいえ、朝松健の連作短篇集『邪神帝国』ほど、本格的なオカルティズムに彩られた作品も珍しい。

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 本書の収録作を貫く趣向とは、アメリカの作家H・P・ラヴクラフトが生み出し、その後世界中のホラー作家たちが書き継いできたクトゥルー(クトゥルフなどとも表記される)神話に登場する邪神と、ナチスの幹部たちとの関わりである。切り裂きジャック事件、ヒトラーが派遣した南極調査隊、副総統ヘスのイギリスへの唐突な飛行、映画『ワルキューレ』で有名になったドイツ国防軍将校によるヒトラー暗殺未遂事件などの史実の陰には、オカルティストたちがしのぎを削る霊的闘争があった……という発想のもと、ナチス幹部たちの底無しの欲望が邪神を召喚し、あるいは邪神に操られて破滅する凄惨な地獄絵図が展開される。

 冒頭に触れたようなナチス伝奇ものと本書の差異は、著者のオカルトに対する真剣極まりない姿勢だ。小説としてのバランスを崩すほどに作中に盛り込まれた魔術の知識からもそれは窺えるけれども、通常の小説の注の域を超えた巻末の「魔術的注釈」は、本格的なオカルト知識の贅沢な大盤振る舞いであり、作中の史実と空想の境界線を揺るがせる巧妙な仕掛けでもある。歴史の裏に渦巻く人間の邪悪と狂気を描いた、禍々(まがまが)しきホラー小説だ。(百)

邪神帝国 (The Cthulhu Mythos Files3)

朝松健

創土社

2013年2月25日 発売

ナチス幹部の底無しの欲望 凄惨な地獄絵図を描いたホラーの世界<br />

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