文春オンライン

イチロー「驚異のルーティーン」に学ぶ

カレーや素麺を何年も食べ続け、ストレスをゼロに

「イチローは、翌日のゲームの開始時間から逆算して、寝る時間、起きる時間、食事の時間など、全てのスケジュールを決めています。年間の予定は決まっているので、シーズン開幕から、彼の動きは全て自動的に決まってくるのです」(メジャー担当記者)

 しばしばロボットに例えられることもあるイチロー。『イチロー思考』(東邦出版刊)の著者で追手門学院大学客員教授の臨床スポーツ心理学者・児玉光雄氏が語る。

「イチロー選手は昔から本番の試合よりも、それまでにいかに準備したかということを大事にしています。終始一貫、自分の決めたことをきっちりとこなすことが成果を出すカギであると信じてやり続けたのです」

ADVERTISEMENT

 こうしたイチローの思考は生活のなかでルーティンとして表れる。

 朝昼兼用のブランチにいつもカレーを食べていたことはあまりにも有名だ。

「カレーを食べていたのは、マリナーズに在籍していた間です。その後は別の食事に変わり、年単位でずっと同じものを食べ続けています。食パンとうどんだったり、食パンと素麺だったり、いくつかのパターンがあります。同じものを食べ続けるのは、違うものを食べることにより、美味しくなくて気分が下がるとか体調を崩してしまうといった、野球に影響しかねない“不確定要素”を入れたくないからです。

 もっとも、普通の人なら飽きてしまうものですが、イチローは飽きるスパンが人とは違う。食だけでなく、彼は車の中で聞く音楽は同じ曲を2、3時間聞いていても平気です」(前出・メジャー担当記者)

『イチロー・インタヴューズ』(小社刊)の著者でスポーツライターの石田雄太氏は、イチローの行動原理をこう解説する。

「彼のルーティンというのは基本的に、いかにして“ノーストレスな状態”を作り出すかということのために行なわれています。強いストレスがかかる野球に集中するため、それ以外の生活ではストレスをなくしたいという考え方ですね。

 ストイックなイメージを持たれがちですが、実際には逆です。食べたくないけど身体にいいものを食べるということなどはしません。

 遠征先での夜は、決まったステーキハウスやイタリアン、日本食のレストランに行き、好きなものを欲しいだけ食べています」 

ストレスが一番の敵 ©文藝春秋

普段、そんな食生活を支えているのが8歳年上の弓子夫人(50)である。

「ホームでの夜の食事は100%、自宅です。弓子さんは、必要なものをバランスよく、なおかつ質を落とさずにノーストレスな状態で食べてもらうために、様々な工夫を施しています。

 彼は口に合わないものは食べないので、一流のシェフでもなかなか務まるものではありません」(同前)

スパイクやグラブにもこだわる

 ルーティンにこだわるのは食だけではない。

「この20年以上、基本的に同じスペックのバットを使い続けています。通常よりも芯が狭いバットで、ミートすればより飛ぶ一方、芯を外すと凡打となるリスクがあります。

 彼のパフォーマンスの源はどれだけ正確にイメージした通りに身体を動かせるかということなので、バットの芯が広いというのはデメリットのほうが多いのでしょう」(前出・メジャー担当記者)

 バットについては、移動時に除湿剤の入ったジュラルミンケースで持ち歩くほど、“湿度管理”にも尋常ではないこだわりを見せている。

 長年にわたりイチローのバット製作を手がけてきたミズノテクニクスの元担当者である久保田五十一(いそかず)氏が振り返る。

「2002年にアリゾナのキャンプ地でお会いしました。そのときイチローさんはバットの置き方にも注意を払っていました。ネットに立てておくことが多いですが、横にする時はグラブを広げて芝生に直に触れないように置いていました。特にボールが当たるヘッドの付近はグラブの中に優しく包み込むようにしていたのが印象に残っています」

 オリックス時代にはこんなこともあったという。

「イチローさんは一度だけバットを地面に投げつけてしまったことがあるそうです。するとオリックス担当のミズノの社員から『申し訳なかった。久保田さんにお詫びを伝えておいて欲しい』と言っていたと聞きました。そこまで大切にされていたのかと嬉しくなりました」(同前)

「心と身体は同調している」

 当然、スパイクやグラブにもこだわっている。

「スパイクは、長年トレーニングを指導してきたトレーニング研究施設『ワールドウィング』の小山裕史代表が開発した『ビモロスパイク』という特注のものを使用しています。

 グラブは必ず試合が終わったあとに自分で磨いていますね。チームメイトがビールを飲んだりしているなか、イチローはいつも黙々と磨いています」(前出・メジャー担当記者)

 イチローが19歳のときから親交のあるスポーツグッズ評論家の前野重雄氏がメジャー移籍当時の秘話を明かす。

「弓子さんから聞いたのですが、『遠征先のホテルの部屋はどれもムーディーにしてあるため、自分には暗いので明るい電球に替えておいて欲しい』と要望したそうです。当時のイチローは『視力はボールを見るためだけに、老化しないように温存しておきたい』と言っていたそうです。極力、活字もテレビも見ず、メールなども弓子さんが口頭で伝えていたと聞きました」

 そのように大事にしている「目」は確実にプレーに役立っている。こんな朝日新聞の報道もあった。

〈10年間大リーグでマスクをかぶり、ツインズで正捕手を務めるカート・スズキの言葉だ。「ハンド・アイ・コーディネーションが抜群。彼を超える選手はいない」

 意訳すれば「目でイメージするところに、きちんとバットが出てくる」ということだろう〉(2016年6月16日付夕刊)

 前出のメジャー担当記者が言う。

「イチローは同じ行動を繰り返すことによってメンタルを安定させているそうです。『心と身体は同調している』とよく言っていて、気持ちが安定してくると身体の状態も安定してきて、自分の状態の変化に対してより敏感になるという趣旨のことも話していました。

 野球には不確定要素が必ず生じるので、できるだけ自分でコントロールできるものを周りに増やしていきたいのです」

 前出の児玉氏が続ける。

「脳科学的にも理に適っていて、これをやっておけば大丈夫という意識を持つということです。『パブロフの犬』のようにひとつの自動メカニズムが脳に形成され、集中することができるようになります」

ルーティーンが一番の味方 ©文藝春秋

 一見、極端に思えるイチローのルーティン。一般人でも簡単に取り入れられる要素は、グラブ磨きに隠されているという。

「道具を大切にするということだけでなく、オンとオフの切り替えになっていますね。その日の最終的なルーティンを丹念に行ないながら、反省もする。そしてスタジアムを出たら、その後は仕事を家に持ち帰らない。グラブを磨く作業で仕事の全てを終わらせているのですね」(同前)

 あなたもルーティンで、ノーストレスな生活を!

 
イチロー「驚異のルーティーン」に学ぶ

週刊文春電子版の最新情報をお届け!

無料メルマガ登録

関連記事