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連載松尾諭「拾われた男」

松尾諭「拾われた男」 #22「メキシコの海で『幸せ!』と叫び、みんなとの別れに涙した日」

2019/02/23

genre : エンタメ, 芸能

【前回のあらすじ】
大ヒットドラマの出演を機にアルバイトを辞め、入籍までしたのに役者としての仕事は一向に軌道に乗らず、再びアルバイト生活に戻り、焦る事にすら慣れてきた頃に久々に来た仕事が、海外にホームステイをして別れ際にウルウルと涙するのがお約束の国民的人気旅番組の出演オファーだった。行き先はメキシコ。人生で初めての海外旅行は何もかもが刺激的で、憧れの異国の地に、渡航初日から感涙したものの、番組から課せられた全長二メートルもの巨大イカ釣りがあまりにも過酷で音を上げそうになりながらも、明るく逞しいイカ漁師のマルコとの、言葉の壁はありながらも次第に心を通わせたような気がしなくもない、そんな時間を過ごした。そして迎えた四日目の夜、病院から帰ってきたマルコから、彼の父親の死を知らされ、撮影はここまでにしてくれと告げられる。強く陽気なマルコの打ちひしがれた姿に、客人である日本人は家族の誰よりも先に泣き、それが情けなくてまた泣き、だがどうしていいのかも分からずに更に泣くのであった。

松尾さん出演情報 『JOKER×FACE』毎週(月)24時55分~25時25分放送 FODで先行配信中 ©フジテレビ/ソニー・ミュージックエンタテインメント

 ディレクターの指示でカメラは切られ、スタッフは機材を粛々と片付け始めた。そんな中、ただただ泣き尽くしていると、マルコが傍にきて肩に手を置いて言った。

「あなたはトラックに乗ってくれと言っています」
「え?」
「病院についてきてくれと言っています」
「僕だけですか?」
「あなたひとりです」

泣いている日本人を訝る男たち

 泣きじゃくり、カメラも通訳もなしになぜ一人だけ呼ばれたのか、などとよく考えないままにトラックの助手席に乗った。程なくマルコが運転席に乗り込み何かを言って車を走らせた。病院に着く間もマルコの悲しみを思うと涙が止まらず、病院に着いてからもずっと泣き続けていた。どれくらい泣き続けていたのかはわからないが、病院にはいつしかマルコの親戚らしき男たちが集まっていた。彼らはマルコにお悔やみを言いながら、傍らで泣いている日本人を訝っているようだった。それを気遣ってかマルコは身振り手振りを加えて
「こいつは泳ぎが下手くそで海に入っても潜れずに手足をこんな風にジタバタしてばかりなんだよ」
と言った、に違いない。親戚たちはそれを聞いてゲラゲラと笑い、皆「元気を出せよ」と言うように肩をたたいてくれた。馬鹿になった涙腺からさらに涙がこぼれた。

©松尾諭