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「貧困は怠慢だ」と言っている人が知らない「見えざる弱者」の実情

何よりも大事なのは「知ること」ではないでしょうか

2019/02/26
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「誰かに助けてもらう必要」を自覚できていないケースも

 一般的に「社会的弱者」と聞くと、大きな集団の中で身体的特徴、国籍、人種、思想により言動や社会進出を制約されるなど、著しく不利な状況に置かれるマイノリティを想像する方が多いかと思います。しかし、中には「支援が必要な状態であるのに、表面上は普通の人と変わりがないので、誰からも気付かれない弱者」も存在しています。彼らについて、便宜上「見えざる弱者」と呼びます。

 さらに厄介なのは、その「見えざる弱者」自身ですら、自分たちが「誰かに助けてもらう必要がある状態」であると自覚できていないケースが多いことです。だからこそ私は「なるほどなあ、これじゃあ貧困の連鎖は断ち切れないわけだ」と思ったのです。

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 連鎖する貧困の背景には様々なケースがありますが、例えば「精神的に疲弊しているケース」について話をしましょう。

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 追い込まれている状態にある人間は、判断能力や思考能力がほとんど失われてしまうものです。努力して、行動するだけの力も残っていません。生命を維持するために必死に、ただ闇雲に周りを見渡して、天から垂れ下がった「蜘蛛の糸」を見つけるやいなや、何も考えずに手を伸ばしてしまいます。

 当時「実家から逃げなければ死んでしまう」と思っていた私は、とにかく何でもいいから仕事を見つけて一人暮らしをし、身の安全を確保することだけを考えて焦っていました。そんな私が「蜘蛛の糸」だと思って掴んだものは、薄給で、会社の寮に入れることしか取り柄のないブラック企業からの内定でした。

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「健全な人」とそうでない人が見ている世界はまったく違う

 アメリカの心理学者、マズローが唱える「欲求段階説」によれば、人間の欲求は5段階に分けることができます。(1)生理的欲求、(2)安全欲求、(3)社会的欲求、(4)承認欲求、(5)自己実現欲求は、優先順に並んだ(1)~(5)の欲求が低いものから現れ、その欲求が満たされて初めて、次の欲求が現れるとされています。

アメリカの心理学者マズローによる、欲求5段階説 ©文藝春秋

「とにかくどこかへ避難して身の安全を確保したい」と考えていた当時の私は、今思うと(2)の「安全欲求」の位置に立っていました。本来は安全な場所である家ですら、私にとっては「命の危険すら感じる無法地帯」でしかなかったのです。かと言って、匿ってくれるような頼れる親戚もいません。そういう状態でしたから、「何かに属して他者と関わりたい」という(3)の「社会的欲求」や「価値を認められたい」という(4)の「承認欲求」などは、そもそも私の中には存在しない欲求でした。

 誰とも関わりたくなかったし、自己肯定感は底辺まで下がっていたおかげで「自分なんて生きていても幸せになれるはずがない」という絶望感に苛まれていたのです。ましてや、そんな極限状態では「能力を発揮して創造的活動をしたい!」という(5)の「自己実現欲求」が現れるはずもありません。