メソポタミア文明が誕生した巨大湿地帯に、豪傑たちが逃げ込んで暮らした“梁山泊”があった! 辺境作家・高野秀行氏は、ティグリス川とユーフラテス川の合流地点にあるこの湿地帯(アフワール)を次なる旅の目的地と定め、混沌としたイラクの地へと向かった。
現在、「オール讀物」で連載中の「イラク水滸伝」では書き切れなかった「もう一つの物語」を写真と動画を交えて伝えていきたい。
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「恐ろしい」というイメージでしか語られないイラク。だが実際に行ってみると、全く意外なことに食文化が素晴らしく発達していた。特にバグダードは家庭料理も外食も充実、人もグルメ揃いであった。その一端をご紹介したい。
魚の脂が滴る「鯉の円盤焼き」
意外すぎることに、イラクの国民的料理は鯉。この地では5千年前の古代メソポタミア文明の頃からティグリス=ユーフラテス川でとれる鯉を食べていた。丸々と肥えた鯉を背開きにして、網ではさんだり串にさしたりして、薪の火で焼く。私たちはその形状から「鯉の円盤焼き」と呼んでいた。
われわれ「イラク水滸伝」探索隊は行く先々で、イラクのみなさんから熱い歓待を受けた。そして、そのほとんどが鯉の円盤焼きだった。臭みは皆無、焦げた部分はカリカリで香ばしく、中は魚の脂が滴るよう。焼きたての薄焼きパンや焼きトマト、ネギやパプリカなどの野菜と一緒に食べる。あまりにも美味くてすぐ食べ過ぎてしまうのが難点。
ふわふわ食感の「ケバブ」
イラクの人はよく「われわれの××(料理名)は他の中東の国のそれとはちがう」と声高に主張する。そして実際にちがう。その筆頭がケバブ。一見、トルコや他のアラブ諸国のものに似ているが、挽肉がふわふわとして、フォークで突き刺してもほろほろと崩れるだけで刺さらない。パンで挟んで食べるのがいちばんよい。ふわふわだが味の濃い羊肉が口の中で溶ける。