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連載桜庭一樹のシネマ桜吹雪

『あなたはまだ帰ってこない』――桜庭一樹のシネマ桜吹雪

むき出しの実体験

2019/03/03

 映画が好きなので、「いちばん好きな映画は?」と聞かれると、毎回、いろんなタイトルを出しながら、延々迷ってしまう。でも、最後はいつも、「いやー、やっぱり『かくも長き不在』だなー」となる。十代のころ、NHK教育テレビで観て、かなりの衝撃を受けたのだ。

 舞台は一九六〇年前後のフランス。カフェを営むヒロインは、十六年前にゲシュタポに連れ去られたっきりの夫とそっくりの顔をした浮浪者をみつける。浮浪者は記憶喪失で、夫なのか別人なのかわからない。ヒロインは浮浪者にそっと近づくものの……。

 大好きな映画なのに、なんと、先週まで知らなかったのだが、『愛人(ラマン)』で有名な小説家マルグリット・デュラスの共同脚本作だったらしい。デュラス自身、第二次世界大戦時、夫がゲシュタポに連行されてしまい、不安の中でひたすら帰りを待ち続けた時期があったのだ。

 さて。この作品は、デュラスのそんな実体験をひどく淡々と記した日記(『苦悩』河出書房新社刊)を映像化した、愛と悲しみの文芸映画なのだ。

© 2017 LES FILMS DU POISSON-CINEFRANCE-FRANCE 3 CINEMA-VERSUS PRODUCTION-NEED PRODUCTIONS

 ヒロインの夫は、ナチスへのレジスタンス運動に身を投じ、強制収容所に送られてしまう。ヒロインはずっと待ち続ける。そして一九四五年五月、夫はついに帰ってきた。別人のような姿になって……。

 ヒロインの心の奥には、待つという耐え方が浸透しきってしまい、夫の帰宅に順応できない。夫のほうは、人間というより、一つの巨大な苦悩のような存在と化して久しい。ヒロインはもう夫とはどうしても暮らせないと悟る。

© 2017 LES FILMS DU POISSON-CINEFRANCE-FRANCE 3 CINEMA-VERSUS PRODUCTION-NEED PRODUCTIONS

 待つことと絶望することに特化した、まさにむき出しの実体験。これが、十年以上の時を経て、ストーリー性と“ドラマチックな絶望”のあるあの名作を生んだのか!

 万人向けではないけれど、『かくも長き不在』と原作本とのセットで、誰かにそっと勧めたくなる映画です。

INFORMATION

『あなたはまだ帰ってこない』
Bunkamuraル・シネマ他にて全国順次公開中
http://hark3.com/anatawamada/

苦悩

マルグリット・デュラス,田中倫郎(翻訳)

河出書房新社

2019年1月18日 発売

出典元

日産西川社長<激白120分>「ゴーンは日本人をナメていた」

2019年3月7日号

2019年2月28日 発売

定価420円(税込)