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芝山幹郎がクリント・イーストウッドに会って思ったこと「複雑な人は、むずかしい顔をしていない」

イーストウッドの言葉は平明だった。

2019/03/15

 きれいな老人、というのが第一印象だった。

 バーバンクにあるワーナーブラザース撮影所の一画(ロビーのような、カフェテリアのような場所)に、クリント・イーストウッドは静かに入ってきた。

 オーラを発散したり、無理やり気配を消したりしている様子はない。スターのなかには、この両極端に走る人がたまにいるのだが、イーストウッドはそのどちらでもなかった。つまり、気負いや作為や疲れがない。

クリント・イーストウッド

 茶色いコーデュロイ・パンツに焦げ茶色のウォーキングシューズ。モスグリーンの長袖ポロにやはり茶色のカーディガン。質素な軽装で、気配も話し方も自然体だ。表情には透明感がある。息継ぎをする際の呼吸はやや浅いが、映画のなかの彼も、若いころからこんな話し方をしていた。

 映像では60年間見つづけてきたのに、私はイーストウッド当人と会ったことがなかった。正直にいうと、いつか会えるかな、という気持と、もう会えずじまいかな、という気持が半々だった。彼は88歳の高齢だし、私も頑健とはいいがたい70歳だ。

 それでも、イーストウッドが10年ぶりの監督・主演作『運び屋』を撮ったと聞いたときは心が動いた。話してきませんか、と映画配給会社に誘われたときは、もっと心が動いた。共同インタヴューのあとで「ワン・オン・ワン(1対1)」の話を15分程度。突っ込んだ話はできないだろうが、イーストウッドの気配を身近に感じられる機会は、そうそうないだろう。常備薬を多めに持って、私はロサンジェルスに向かった。

最新作で麻薬の運び屋を演じたクリント・イーストウッド ©2018 VILLAGE ROADSHOW FILMS (BVI) LIMITED, WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC

 イーストウッドの言葉は平明だった。ことさらに平明を心がけているというより、考え方に無用の力みがないのだ。あれほど重層的で、あれほど深みのある映画を撮ってきた人とは思えないほど、謙虚で笑いを含んだ言葉がつづく。自慢、圧力、操作などの匂いはまったくなく、ちょっと辛辣だが冗談好きな体質が電波のように伝わってくる。

 これだな、と私は思った。

 複雑な人は、むずかしい顔をしていない。

 ディープな人は、七面倒な言葉を使わない。

 思えばそれは、私が50年前に遊んでもらった土方巽さんや澁澤龍彦さんにも共通する特性だった。イーストウッドより2歳年上ということは、ご存命ならもう90歳以上か。あの超人たちに話してもらうたび、私は酸素吸入を受けているような気分になったものだ。

 イーストウッドと話していると、その気分が蘇った。緊張は覚えるのだが、頬がほころぶ。世界はゆるやかに広がるのだが、もっと学ばなければという気になる。超人は、失敗や欠陥を内在させているからこそ、超人たりうるのか。そんな青臭い逆説を思ったのは、帰りの機内だ。話していたときは、ひたすら穏やかで満ち足りた気分だった。『運び屋』も、そんな気分を味わわせてくれる映画だ。

文藝春秋4月号

※今回のインタビューをもとに、最新作『運び屋』を始めとするイーストウッドの傑作群を縦横に論じ尽くした芝山幹郎氏「クリント・イーストウッド会見記」は、「文藝春秋」4月号に掲載されています。ぜひお読みください。

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