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「最果てのちっぽけな街で、まさか…」福島の花屋さんを勇気づけた天皇皇后の「お招き」

平成最後の植樹祭。両陛下は思いもよらぬ行動に――。

 東日本大震災から8年がすぎた。その間、天皇皇后両陛下の宮城、岩手、福島への訪問は14回。青森、茨城、千葉、東京などの避難所訪問を含むと20回を超える。

 ジャーナリストの森哲志さんは、被災地で両陛下と直に接した人々の生の声を震災後から取材しつづけてきた。

「あんなに勇気をもらったことはない」

 陛下と話をした人々はこう口を揃えるという。

 福島県原町区雫地区。ここは、福島第一原発の事故によって全町民2万1千人が避難を強いられた浪江町と南相馬市の境から、さらに10キロほど北上した場所にある。170世帯、530人が住む小さな集落だ。この地にも地震による津波がおしよせ、25人が犠牲になった。

 昨年6月10日、この地で天皇皇后両陛下が臨席する平成最後の全国植樹祭が開かれた。

平成最後の植樹祭に出席された天皇、皇后両陛下 ©共同通信社

「そりゃ、本当に驚きました。両陛下がこの町に来ると初めて耳にした時はですな。ハァ、こんな最果てのちっぽけな土地で、まさか……と思いましたよ」

 雫地区で花屋「はなまるガーデン」を営み、地区の行政区長も務める村松保一さん(69)は、森さんの取材にこう振り返った。

村松保一さんと妻のすず子さん

 植樹祭当日、両陛下が雫集落センター前の広場に建った「慰霊碑」を訪れた際に、村松さんは案内役を務めている。

「慰霊碑の正面に立たれた両陛下は、碑に記された犠牲者の氏名をじっとご覧になっていました。『津波で亡くなった方25名に上ります。そのうちお子さんが2人含まれていました』と説明すると、美智子さまが『かわいそうにね』とおっしゃったんです」