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「無駄話する相手がいなくなったら黄信号なんですよ」臨床心理士からのアドバイス

著者は語る 『居るのはつらいよ』(東畑開人 著)

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『居るのはつらいよ ケアとセラピーについての覚書』(東畑開人 著)

 本書は、臨床心理学者でカウンセラーでもある著者が、キャリアの第一歩を踏み出した沖縄の精神科デイケア施設での4年間を綴った物語である。

「小さい頃なぜか“魔法使い”に憧れていました。その流れで高校生になるとアフリカで人類学をやりたいと思うようになったんですけど、3年の時、倫理の授業でユング心理学に出会った。アフリカに行かずとも国内のカウンセリングルームで“人類共通の心”を探る旅は出来るのだ! と、感動しまして」

 京都大学に入学し、教育学の博士号と臨床心理士の資格をとる。現場で己れの学問を鍛え上げんと、東畑青年は職を大学内に求めず、沖縄のクリニックへ飛んだ。意気込む若者を迎えたのは、上司の「そのへんに座っといてくれ」という言葉。

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「カリスマ的セラピストになりたかったのに(笑)。そこでは、クライエントの苦しみを掘り下げる専門的な『セラピー』以上に、重篤な障害を持つ“メンバーさん”らと一緒に過ごし、支える『ケア』こそが、より求められていたんです」

「ケア」とは、デイケア施設で、統合失調症やうつ病など様々な心の病を抱えた人々とカードゲームをしたり、球技をしたりと寄り添い見守ることだった。ショックを受けたのは、心理を専門に勉強した自分より施設のスタッフの方が「ケア」がうまかったことだ。東畑さんも必死にメンバーさんらを車で送迎したり、毎日共にソフトボールをした。しかし思い描いていたような、患者の心に分け入り「セラピー」の力で魔法をかけるように治してしまう、などという瞬間は訪れない。

「専門性とはなんだと考え続けました。『ケア』は、キテイという哲学者が『依存労働』と呼んだものに近い。おむつを替え、ごはんを食べさせ、と、子供の世話をするお母さんのような仕事ですね。素人的な仕事なのだけど、誰かがやらなければ、脆弱な状態にある人たちは生き続けられません。もう一つ僕を悩ませたのは、医療経済性、ともいうべき問題です。社会復帰する若者もいましたが、多くの人は何年もデイケアに通い続け、そこに『ただ、いる』。そのことに戸惑い続けました」

東畑開人さん

 しかし「時間」は偉大だ。男性看護師チームと安居酒屋で愚痴をこぼし合い、メンバーさんらのユーモラスな言動に逆に心を「ケア」されながら、次第に東畑さんは「ケア」と「セラピー」が治療行為中の不可分の成分であり、「ただ、いる」の価値を知った。

「子育ても、普段は子供に思い切り甘えさせて、ここぞという時に叱るでしょう。『ケア』は毎日を安心して過ごしてもらうため続けること、『セラピー』は一緒に問題と向き合い、小さな成長を促すこと。今は専門家の仕事は、患者さんの小さな変化の兆しを見逃さないことかな、と思っています」

 現在、東畑さんは埼玉の大学で教鞭をとりつつ、都内でカウンセリングを行う。

「沖縄での時間を経て、やっと少しは普通に人様のお役に立てるようになれたかな(笑)。カウンセリングをしていて、人間不信に陥っていた患者さんから“最近友達ができたんです”と言われると嬉しくなります。あのデイケアでぶちあたった、福祉の現場に構造的に発生してくる問題が解決した訳ではないけれど、僕をニヒリズムから守ってくれたのは、スタッフたちとの友情でした。『友達』は、心の病の予防と治癒に極めて大事。“真の友人とは”と構えると全員が敵に思えてくるから、同僚と世間話が出来るくらいでいいんです。無駄話する相手がいなくなったら黄信号なんですよ」

とうはたかいと/1983年生まれ。京都大学大学院教育学研究科博士課程修了。十文字学園女子大学准教授。2017年に白金高輪カウンセリングルームを開業。著書に『美と深層心理学』『野の医者は笑う』『日本のありふれた心理療法』等。

「無駄話する相手がいなくなったら黄信号なんですよ」臨床心理士からのアドバイス

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