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「肝臓切除」顔面蒼白の死闘 戦後最強と畏れられた大山康晴の伝説

「天才棋士たちの仰天エピソード」

2019/05/06
大山康晴 ©文藝春秋

 1992年に69歳で死を迎えるまで、戦後最強と畏れられた大山康晴は、43年連続で名人位挑戦権を持つA級棋士の座を守り続けていた。死の前年、91年10月に肝臓ガンが発見されると、彼は瞬時に治療より勝負を選ぶ。手術直前まで対局を続けたのだ。休場を重ねればA級陥落。彼のプライドが許さなかった。手術前までの戦績は3勝3敗。だが大手術後の休場は避けられないはず。周囲は大棋士の終焉を噂した。

 12月5日、肋骨一本と肝臓半分を切除。驚くべきことに術後18日で退院し、翌92年1月20日の棋聖戦の対局場へ大山は現れた。衝撃の復帰は全国ニュースで報じられる。同28日、高橋道雄との順位戦で勝利を掴んだ大山。将棋は時として奇跡を呼ぶ。史上最年少で名人を奪取した谷川浩司ら実力者が相次いで負け、3月2日の最終戦で大山が勝てば順位戦プレーオフの可能性が生まれた。最終戦の大山の相手は勝率トップの谷川だった。

 東京将棋会館にはファンと報道陣が詰めかけた。対局は朝10時から深夜遅くまで続く長丁場だ。周囲の期待の声を耳にしながら、顔面蒼白で盤面に向かう大山。谷川は「すべてを超越した凄さ」を感じたという。熱気に包まれた午後11時40分、谷川が負けを告げる。その後、名人位の挑戦権は得られなかったが、4カ月後に世を去るまで大山は現役棋士として戦い続けた。棋戦優勝44回、通算1433勝の記録は未だ破られていない。

※この記事の掲載後、羽生善治九段が2018年度のNHK杯将棋トーナメントで優勝して、棋戦優勝回数を45回に伸ばして歴代単独1位となった。

おおやまやすはる
1923年、岡山県生まれ。1990年に将棋界初となる文化功労者に選ばれる。十五世名人にして永世五冠。1992年、没。

出典元

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2018年5月3・10日号

2018年4月25日 発売

特別定価460円(税込)