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私はこうして佐藤天彦名人の「カレー定跡」と「おやつ」の本質に近づいた

私はこうして佐藤天彦名人の「カレー定跡」と「おやつ」の本質に近づいた

芥川賞作家・高橋弘希による名人戦「盤外レポート」

2019/04/12
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 平成31年、4月10日、早朝、私は一人、椿山荘のホテル棟を徘徊していた。この日、椿山荘の料亭「錦水」にて、佐藤天彦名人に豊島将之二冠が挑戦する、第77期名人戦の初日が執り行われる。私は朝日新聞社の依頼で、本局の観戦記を書くことになり、椿山荘に宿泊していた。この観戦記は、13日朝刊に掲載される予定だ。新聞の観戦記はこれまで数々の名だたる作家、及び文化人が記してきたが、その歴史を覆すような出色の、あるいは異色の、あるいは前代未聞の仕上がりとなっているので、期待して頂きたい。

名人戦七番勝負第一局の舞台となった椿山荘

私も名人と同じものを食する必要がある

 して、本稿では名人戦第一局初日の、昼食とおやつについて記す。なんでおまえが名人戦の食レポをするのか、ついにグルメレポーターを目指して、第二の彦摩呂先生になるつもりか、と勘ぐる読者もいるだろう。確かにそれは否定できない。私は少年期「くいしん坊!万才」のレポーターになり、日本全国の郷土料理を食べ歩くことが夢であった。が、どうしたら「くいしん坊!万才」のレポーターになれるのか、親兄弟、学校の先生含め、誰も明確にその答えを示してくれなかった。よってこの夢は断念するに至った。

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 私の少年期の夢はさておき、私は観戦記とは別に、文藝春秋社の依頼で、名人戦の食事レポートを記すことになっていた。本稿がそれである。「佐藤名人は昼食に何々を食べました、とっても美味しそうです、やっぱり食事って大事ですね!」そんなものは食事レポートとは呼べない。レポートをする以上、自腹を切ってでも、私も名人と同じものを食する必要がある。私は徘徊の末に、椿山荘3階の洋菓子店、ペストリー&チーズショップへと辿り着いた。名人戦のおやつを提供する名店である。時刻は未だ午前9時過ぎ、現時点で、佐藤名人がおやつに何を注文するかは分からない。しかし私には確信に近い予測があった。ショートケーキ、もしくはチョコレートケーキである。

3連覇中の佐藤天彦名人に同世代の豊島将之二冠が挑戦する