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「勝つことが恩返し」師匠が感心した羽生善治15歳の度胸

「天才棋士たちの仰天エピソード」

2019/05/03
1989年から2002年にかけて日本将棋連盟会長を務めた故・二上達也九段 ©文藝春秋

 羽生が15歳の頃、師匠へ年始の挨拶に上がった時の逸話。師は香落ちのハンデで弟子と対局。手合中、弟子の見落としに気づくが優しく見逃した。それが仇となり逆転負け。対局後、羽生へ「私が見逃さなかったらどうするつもりだった」と訊くと「その時はその時で仕方ありません」と涼しい顔。「度胸がある」と師匠の二上達也は感心した。

 1932年、函館市生まれの二上は14歳で両親を喪い、貧しい境遇に耐え18歳で上京。デビューからわずか6年でA級八段に昇段。理知的な容姿から「北海の美剣士」と呼ばれた。鋭い攻めはいぶし銀の魅力を放ちファンを魅了した。

 二上は82年、テレビの小学生名人戦決勝に眼を奪われた。優勝した少年の老獪(ろうかい)な戦いぶりが脳裏に焼きつく。数カ月後、その時の少年羽生善治が二上の門前に立った。羽生が通っていた道場の師範代が二上の一番弟子・中嶋克安だったのだ。

2017年には、史上初の「永世七冠」を達成 ©文藝春秋

 89年3月、最初で最後の公式戦師弟対決が実現する。歴代名人の首を狩っていた羽生は「勝つことが恩返し」と考え、二上は「師の意地」で盤に臨んだ。はじめ二上優勢で進むが、中盤で羽生が大逆転勝利する。対局後、二上は潔く引退を決意。一昨年に逝去した二上の最後の愛弟子として羽生は「美学と矜持を持つ昭和の棋士だった」と悼んだ。

はぶよしはる
1970年、埼玉県生まれ。永世七冠、通算獲得タイトル99期など並ぶ者のない記録を打ち立てる。2018年、国民栄誉賞。

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出典元

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2018年5月3・10日号

2018年4月25日 発売

特別定価460円(税込)