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特集観る将棋、読む将棋

天才棋士・藤井聡太七段の知られざる「大師匠」

「天才棋士たちの仰天エピソード」

2019/05/05

「19歳の時に師匠が亡くなり、公式戦で戦えなかった。形を変えて藤井と戦えたのは嬉しかった」

 藤井聡太と師弟対決を終えた杉本昌隆はこう語る。午前中、杉本は自身の師が愛用した扇子を手に戦ったが、それを手にすると「感傷に耽ってしまう」ので、午後は持ち替えた。杉本の師とは板谷進。事あるごとに藤井が語る「大師匠の夢を叶えることが自分の夢」の大師匠とは板谷のことだ。

藤井聡太七段(左)と師匠の杉本昌隆八段(右) ©文藝春秋

 かつて将棋界は関東、関西、そして棋界の親子鷹である板谷四郎・進が率いる東海勢が覇を競った。連盟東海本部長を務めた四郎は、応召兵として出征。戦後に名人と刃を交えた勝負師だ。その次男・進は76年の順位戦で升田幸三に粘りに粘り、持ち味の体力将棋を見せつけた伝説を持つ。父子は後進育成のため名古屋に将棋教室を開き、「名人位を東海へ」と願った。だが88年、進が地元で指導中にくも膜下出血で早逝。7年後に四郎も死去。東海棋界の灯火が消えるかに見えた。

 が、99年にプロの登竜門である東海研修会を板谷門下らが立ち上げる。2010年、その門を叩いたのが7歳の藤井である。講師を務める杉本は大胆な攻めを僅か数十秒で編み出す子供に眼を奪われた。東海から名人輩出という夢が孫弟子に託された瞬間であった。

ふじいそうた
2002年、愛知県生まれ。史上最年少プロデビューにはじまり、現在に至るまで数々の最年少レコードを更新し続ける。

出典元

林文科相が白昼通う“セクシー個室”ヨガ

2018年5月3・10日号

2018年4月25日 発売

特別定価460円(税込)