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「さすがにショーケンが死んだときは、こたえた」 沢田研二70歳が涙を流した日

 5月9日、東京国際フォーラムで行われた沢田研二(70)のツアー初日。2曲歌ったところで、突然語り出した。

「時間は過ぎていく。年齢も重ねていく。死んでいく人もいる。長生きすることが必ずしもいいことだとは思っていませんが……」

 そして、沢田は言葉を絞り出した。

「さすがにショーケンが死んだときは、こたえた」

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萩原健一

 沢田と、今年3月に死去した2歳下のショーケンこと萩原健一。2人を知る音楽業界関係者が語る。

「かつてはPYGというバンドを共に組んでいた2人ですが、少なくとも、ここ十数年は交流がなかった。それだけに、自分のコンサートでショーケンに触れたのには驚きました」

 沢田のザ・タイガースと萩原のザ・テンプターズ、それにザ・スパイダースのメンバーを加えて1971年に結成されたPYGは、GSのスターたちによるバンドだった。

「ところがコンサートになると、ジュリーのファンとショーケンのファンがケンカして、お互いのソロパートでタンバリンを鳴らすなど歌の邪魔をする始末。次第にコンサートの客足も悪くなり、所属のナベプロはジュリーを守るためにソロ活動にシフトさせ、PYGは実質1年ほどの活動で自然消滅しました」(同前)

 萩原も後年、テレビ番組でこう語っている。

「ショーケンで2万人、ジュリーで2万人(呼べる)と言われたのが、実際は500人。こりゃダメだと思った」