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「腕がちぎれるくらい……」 ヤクルト・石川雅規の鬼気迫るピッチングに、僕は祈ることしかできない

文春野球コラム ペナントレース2019

2019/06/19
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 祈るような気持ちで、こんなに必死に選手の一挙一動を見つめていたのはいつ以来のことだろう? 神宮球場をはじめとして、球場で観戦するたびに、「頼む、ここで打ってくれ!」「ここで抑えてくれ!」と心の中で思ったり、実際に口に出してつぶやいたり、叫んだりするのはいつものことだ。でも、それはどちらかと言えば、「願い」に近いものであり、正確な意味では「祈り」ではないような気がする。そう、「願い」ではなく、「祈り」。これほどまで、神仏にすがりたくなるような、藁をもつかみたくなるような激情を胸に抱いたことは、いつ以来のことなのか、自分でもよく覚えていない。

「腕がちぎれるくらい」発言で思い出した戦慄を覚えたあの瞬間

 6月15日、メットライフドームのマウンドに立つ石川雅規の姿は神々しく、そして頼もしかった。先発投手が早々に降板する試合が続き、中継ぎ陣に多大な負担をかけ、その結果、チームは屈辱の16連敗を喫することになった。どんな思いで、石川は日々を過ごしていたのだろう? プロ18年目の大ベテランは大きな責任を感じていたに違いない。

 今年の石川のピッチングは「鬼気迫る」という表現が実にふさわしい。好投するものの、なかなか勝ち星がつかない中、5月11日の対読売ジャイアンツ戦で今季初勝利を挙げた。このときのヒーローインタビューで、「腕がちぎれるくらいまで、しっかり投げたい」と発言した。これを聞いた瞬間、東京ドーム三塁側スタンドに座っていた僕は、胸が締めつけられるような思いになった。彼の発言は決して比喩ではない。石川は本当に「腕がちぎれてもいい」と思っているに違いないからだ。

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「96敗」という屈辱に甘んじた2017(平成29)年シーズン。石川は4勝14敗という成績に終わり、自身も11連敗のままシーズンを終えた。この年のペナントレース終了後、石川にロングインタビューをしたことがある。このときに、彼は言った。

「最近は、“もう、ボロボロになるまでやりたいな”って思います。もう、“肩もヒジもぶっ壊れたら辞めよう、そうすれば気持ちもスッキリするかな”って。若いときは、“まだやれるのに辞めるのもカッコいいな”と思っていたけれど、今は“こんな大好きなこと簡単に辞められねぇよ”って思いますね」

 その表情は真剣で、その声音は落ち着き払っていて、聞いているこちら側が思わずゾクッとしたものだった。今年、「腕がちぎれるくらい」という石川発言を聞いたとき、戦慄を覚えたあの瞬間のことを、僕は思い出した。

お立ち台で「腕がちぎれるくらいまで、しっかり投げたい」と発言した石川雅規 ©文藝春秋

チームは勝った、それなのに……。

 埼玉西武ライオンズとの交流戦、石川の後を受けてメットライフドームのマウンドに上がっていたのは、2番手の梅野雄吾だった。この日の石川は8回一死一、二塁の場面で降板。西武の誇る「山賊打線」を無失点に抑えていた。得点は4対0。先発投手としては申し分のない内容だった。あとは、セットアッパーである梅野がこのピンチを切り抜けて、9回はクローザーの石山泰稚が自分の仕事をすれば、待望の通算166勝目が転がり込む。マウンド上の梅野に対する僕の思い、それは「願い」ではなく、まさに「祈り」としか言いようのない心境だったのだ。

 ……しかし、2番手の梅野は本調子にはほど遠かった。死球と四球を連発して失点すると、三番手のマクガフが満塁の場面で中村剛也に走者一掃タイムリーを打たれ、まさかの逆転劇。あっという間に石川の勝ち投手の権利が消えた。僕の「祈り」はまったく通じなかった。この瞬間、涙が出てきた。瞳が潤んだのではない。本当に涙が出てきた。またしても、石川の好投が報われなかった。

 もう、すぐそこまで勝利が見えていたのに、またしても石川の白星が消えた。梅野やマクガフを責めることもない。あるいはこの継投に対する首脳陣への批判もない。僕はただ茫然としたまま、戦況を見つめていた。4対0で迎えた8回裏にまさかの5失点。茫然とするしかないではないか……。それでも、ヤクルトは粘りと意地を見せた。9回表に代打・荒木貴裕のタイムリーで同点に追いつくと、山田哲人の犠牲フライで逆転。9回裏には石山泰稚が完全復活を感じさせるピッチングで久しぶりのセーブ。ヤクルトは勝った。

 負けるよりは勝つ方が、絶対にいい。一度は敗戦を覚悟していただけに、勝利の喜びは格別のはずだった。しかし、僕は複雑な心境だった。自分でも理解できないのだけれど、どうしても石川の必死に投げる姿が頭をよぎって離れないからだ。おそらく、彼は「チームが勝てばそれでいい」とか、「(白星はつかなかったけれど)自分の仕事はできた」と淡々と語っていることだろう(実際に言っていた)。「腕がちぎれるくらい」の覚悟を持った男の頑張りは、この日も報われなかった。いや、本人は「チームが勝ってよかった」とか、「きちんと自分の仕事ができた」という達成感、満足感を覚えているのかもしれない。けれども、何とも割り切れない思いが、どうしても、僕には拭えなかったのだ。

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